山西村 (愛媛県)

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山西村
廃止日 1889年
廃止理由 編入
山西村味生村
現在の自治体 松山市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 四国地方
中国・四国地方
都道府県 愛媛県
温泉郡
山西村役場
所在地 愛媛県温泉郡山西村
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山西村(やまにしむら)は、愛媛県温泉郡にかつて存在した村である。旧松山藩領。古代は味酒郷に属したと推定される[1]

本郡朝美村の人民が此の地に移住して此の地を開拓した[2][3]。此の朝美村の西に朝日山唐山等があり、其の山の西部にあるため山西村と称した[2][3]

歴史[編集]

村政[編集]

嘉永4年から安政5年に庄屋の一色義十郎が村の西方の海辺の干潟地を埋立、大可賀新田50町歩を開発した[1]。「松山領里正鑑」では里正は一色熊太郎である[1]

経済[編集]

村高は「慶安郷村数帳」では838石余、うち田757石余畑80石余[1]。「元禄村浦記」838石余「天保郷帳」「旧高旧領」ともに861石余[1]

出身・ゆかりのある人物[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 『角川日本地名大辞典 38 愛媛県』662-663頁。
  2. ^ a b 『新編温泉郡誌 大典紀念』479-492頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年8月3日閲覧。
  3. ^ a b 『温泉郡誌』 224-236頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年8月3日閲覧。
  4. ^ a b 『全国五十万円以上資産家表 時事新報社第三回調査』7、10頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年9月1日閲覧。

参考文献[編集]

  • 愛媛教育協会温泉部会編『温泉郡誌』向陽社、1909年。
  • 椿南松田卯太郎編『新編温泉郡誌 大典紀念』松山石版印刷所、1916年。
  • 『全国五十万円以上資産家表 時事新報社第三回調査』時事新報社、1916年。
  • 角川日本地名大辞典編纂委員会編『角川日本地名大辞典 38 愛媛県』角川書店、1981年。

関連項目[編集]