山陵志

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山陵志』(さんりょうし)は、江戸時代後期に蒲生君平が著した書物で、天皇陵(山陵)に関する研究調査結果を記した史料である。 特に、この書物の中では「宮車説」を記している。

概要[編集]

蒲生君平寛政8年(1796年)から寛政12年(1800年)にかけて自ら行った近畿地方四国地方の陵墓調査結果を編纂したもので、草稿は寛政9年(1797年)に、最終稿は享和元年(1801年)に完成したと言われる。書物として発刊されたのは文化5年(1808年)とも文政5年(1822年)とも言われる。文政5年説の場合、君平の死後にはじめて出版されたことになる。「前方後円墳」という言葉は『山陵志』の中で初めて君平が用いた言葉である。本書が幕末尊王論の根拠となったと評される一方で、調査結果を記録した考古学資料としての評価も高く、明治維新の後、明治天皇は君平の業績を讃え、勅命により郷里である宇都宮石碑(蒲生君平勅旌碑)が建立された。本書は徳川光圀が編纂に取り組んだ『大日本史』の補完資料の位置付けとしても評価されている。

構成[編集]

全2巻。