山陽オートレース場

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山陽オートレース場
山陽オートレース場.jpg
山陽オートレース場
基本情報
所在地 山口県山陽小野田市大字埴生字赤松700
座標 北緯34度2分48秒
東経131度5分5.4秒
座標: 北緯34度2分48秒 東経131度5分5.4秒
電話投票 06#
開設 1965年(昭和40年)4月
所有者 山陽小野田市
民間委託 日本写真判定
施行者 山陽小野田市
重勝式投票 オッズパークLOTO
(管理施行者は伊勢崎市
公式サイト http://www.sanyoauto.jp/
実況
担当 内野久照
宮本隆与(ミッドナイトオートレース)
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山陽オートレース場(さんようオートレースじょう)は全国に5場あるオートレース場の1つで、山口県山陽小野田市埴生にある。施行者・土地建物ともに山陽小野田市で所有管理している。

場内実況は2014年度以降は内野久照が司会進行とともに担当している(実況者が違うことを除けば飯塚オートレース場に近い中継体制となっている)。かつては西森カズヤ、宮原英治、平山信一も担当していた。

ミッドナイトオートレース開催時は山咲さくら[1]が司会進行、どさけん(吉本興業「山口県住みます芸人」)が放送席から、実況は宮本隆与が担当している[2]

概要[編集]

前身は柳井市にあり、柳井オートレース場(1951年(昭和26年)11月20日開場)と名乗っていたが、1955年(昭和30年)の台風22号による被害(走路の水没やスタンドの全壊など)と売上不振から開催が困難となり閉鎖された。そのオートレース場が山陽町(現・山陽小野田市)に移転し、1965年(昭和40年)4月に開場して現在の山陽オートレース場となる。

トータリゼータシステムは日本トーターを採用しており、三連勝単式・三連勝複式・ワイドの各車券の発売を最も早く開始した(2002年2月3日より)オートレース場でもある[3]。また浜松オートレース場船橋オートレース場に続き、2007年2月の開催より日本トーターへの民間委託が開始され、主催者の黒字が保証される形となっている。なお2014年4月より委託先が日本写真判定に変更された。

2007年2月より、日本トーターの開発した『eスマート倶楽部』専用の自動投票端末が随所に設置されている。これはあらかじめ資金をチャージしたICカードを利用してキャッシュレスで車券購入が行えるもので、全国の公営競技場で初の運用である。なお、現在のところ他場との相互共通使用はできない。山陽オートレース場におけるeスマートを利用しての車券購入が、2014年11月30日で終了し、それに伴い、2015年2月1日を以って、eスマート口座内の未清算金の清算・当たり車券の払戻しを終了する。

2011年4月14日から17日までの開催からは、伊勢崎市の管理施行によりオートレースでは初となる重勝式車券(ランダム方式4連勝2連勝単式とセレクト方式5重勝単勝式)がオッズパークにて発売される。なお当場を対象とした発売は伊勢崎市の指定を受けた日のみとなる。

2016年12月14日から発売される重勝式車券(ランダム方式4重勝単勝式)の『当たるんです』は山陽小野田市が管理施行者となって実施される。なお投票は公式ホームページでのみとなる。

2019年2月17日から飯塚オートレース場に続いてオートレースでは2ヶ所目となるミッドナイトオートレースが開催される。同日から3日間と2月22日から4日間の2開催での試行開催となる[4]

近年はSG開催から遠のいており、2012年2月12日有吉辰也が優勝を果たした第25回全日本選抜以降はSGの開催がない。

CS放送の中継では、グレードレースの優勝戦終了後のウイニングランに麻倉未稀のヒーローが流れる。

場外車券売場[編集]

交通[編集]

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 2019年2月開催は、松浦博(日本写真判定社員:山陽事業所広報担当)
  2. ^ 宮本は2019年2月開催時は飯塚の時と異なり、試走開始前の選手紹介、試走タイムや払戻金の読み上げ、オッズ、気象・走路状況の紹介も行った。
  3. ^ 山陽レース場で新投票方式を導入します - オートレースオフィシャルWEBサイト、2001.10.02
  4. ^ 山陽オートレース場で初のミッドナイトレースを試行開催いたします オートレースオフィシャルサイト 2018年12月10日