山陽商船

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
山陽商船株式会社
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
725-0024
広島県竹原市港町三丁目1番7号
業種 海運業
法人番号 5240001037236
事業内容 一般定期旅客航路事業
外部リンク http://www.sanyo-shosen.jp/
テンプレートを表示
第二さんよう
山陽商船、竹原港-大崎上島(垂水港/白水港)間のフェリー。アニメ「たまゆら」のキャラクターが描かれたたまゆらっぴんぐフェリーである

山陽商船(さんようしょうせん)は、広島県竹原市に本社を置き、本州本土(竹原市)と芸予諸島呉市大崎上島町)の間を結ぶ航路を運航する海運会社である。瀬戸内海汽船グループ傘下。

兵庫県神戸市に本社がある山陽電気鉄道の子会社である山商株式会社とは無関係である。

航路[編集]

竹原〜大崎上島航路[編集]

大崎汽船との共同運航。竹原港(竹原市)〜垂水港大崎上島町)間にカーフェリーを17便、竹原港〜白水港(大崎上島町)間にフェリーを15便運航している。白水→竹原便のうち2便は垂水港にも寄港する(垂水港に寄港する竹原→白水便はない)。乗船券や領収書にはフェリー会社名ではなく「大崎フェリー同盟」と表示される。[1]

料金[編集]

廃止航路[編集]

  • 2004年(平成16年)5月31日もって、今治港(今治市)〜岡村港(今治市)〜大長港(呉市)高速船航路廃止。
  • 2006年(平成18年)8月31日をもって、今治港(今治市)〜岡村港(今治市)〜小長港(呉市)〜明石港(大崎上島町)フェリー航路のうち、今治港(今治市)〜岡村港(今治市)〜小長港(呉市)を廃止。(小長港(呉市)〜明石港(大崎上島町)は存続)
  • 2007年(平成19年)6月30日をもって、仁方港(呉市)〜大長港高速船航路廃止。 
  • 2008年(平成20年)1月31日をもって、三原港(三原市)〜大長港高速船航路廃止。かつては国鉄・JRの周遊指定航路であったが、末期は1日2便だった。大久野島にも寄港していた。
  • 2008年11月18日をもって、大浦港(呉市蒲刈町)〜豊島港(呉市豊浜町小野浦)〜立花港(呉市豊浜町立花)フェリー航路廃止。安芸灘諸島連絡架橋3号橋の豊島大橋開通に伴うもの。
  • 2009年(平成21年)3月31日をもって、竹原港(竹原市)〜大長港高速船航路廃止[2]。4月1日から、しまなみ海運が航路を引き継いだ[3]
  • 2009年(平成21年)10月31日をもって、明石港(大崎上島町)〜小長港(呉市)フェリー航路廃止。11月1日から、しまなみ海運が航路を引き継いだ[4][5]

船舶[編集]

就航中の船舶[編集]

  • 第五さんよう
1994年1月進水、1994年3月竣工。
291総トン、全長49.9m、全幅11.0m、出力1,400PS、航海速力11.5ノット、旅客定員250名
  • 第七さんよう
1997年8月進水、1997年9月竣工。
318総トン、全長49.9m、全幅11.0m、出力1,600PS、航海速力11.5ノット、旅客定員250名

過去の船舶[編集]

フェリー[編集]

  • 第十さんよう
備南船舶工業建造。元・防予汽船「第十おおしま」
  • 第十一さんよう
備南船舶工業建造。元・防予汽船、後に向田フェリーに売却され「第十二幸運丸」として就航
  • 第十二さんよう
備南船舶工業建造。後に南国海運に売却され「第十二長水丸」として就航、1994年に共同フェリーへ売却され「ニューごしょうら」として就航した後、フィリピンへ売却
  • 第十五さんよう
1981年竣工、中谷造船建造、後にフィリピンへ売却
  • さんよう
1982年竣工、中谷造船建造

高速船[編集]

  • 第二はやぶさ
1973年竣工、三保造船所 (大阪府)建造。
  • 第三はやぶさ
1974年竣工、三保造船所建造。
  • 第五はやぶさ
1975年竣工、三保造船所建造。
  • 第七はやぶさ
1975年竣工、三保造船所建造。
  • 第八はやぶさ
1977年竣工、三保造船所建造。
  • 第十はやぶさ
1977年11月竣工、三保造船所建造。関門汽船に売却、「しいがる3」として就航、その後、天草観光汽船で就航中。
35.85総トン、登録長16.9m、型幅4.1m、型深さ1.7m、ディーゼル2基、機関出力650PS、航海速力23ノット、旅客定員70名
  • 第十一はやぶさ
1979年竣工、三保造船所建造。
  • せきれい
1979年竣工、三保造船所建造。1981年にほうらい汽船に売却、「ひかり3号」として就航
  • すずかぜ
木曽造船建造。
  • あさかぜ
1995年6月竣工、木曽造船建造、予備船となった後、2006年中島汽船へ売却
48総トン、登録長21.99m、型幅4.70m、型深さ2.14m、ディーゼル2基、機関出力1,650PS
  • いそかぜ
木曽造船建造。岩国松山高速船を経て2008年に中島汽船へ売却
  • さちかぜ
元・大三島フェリー「おおみしま1号」
  • まつかぜ
1992年9月竣工、木曽造船建造。
47総トン、登録長20.86m、型幅4.70m、型深さ2.12m、ディーゼル2基、機関出力1,650PS
  • はやぶさ1号[6]
2002年12月16日起工、2003年3月6日進水、2003年3月24日竣工、木曽造船建造(第230番船)、運輸施設整備事業団共有。2007年に海外売船。
51総トン、載貨重量11.909トン、全長23.4m、垂線間長21.4m、全幅4.9m、深さ2.2m、喫水0.85m、乗組員2名、旅客定員95名、JG平水
最大速力35.7ノット(試運転)、航海速力33.0ノット、ディーゼル(DDC/MTU 16V2000M70)2基、最大出力1,050kW×2、定格出力893kW×2、5翼固定ピッチプロペラ2軸
  • はやぶさ2号
2003年7月竣工、木曽造船建造、2007年に海外売船
はやぶさ1号の同型船

快速船[編集]

  • おれんじ
1985年就航、港通船運輸に売却、「ベイタウン」として就航
19.00総トン、登録長11.9m、型幅3.9m、型深さ1.6m、ディーゼル2基、機関出力360PS、航海速力15.0ノット、旅客定員60名
  • おれんじ2

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 同協定は、海上運送法第28条に基づくものであり、独占禁止法の適用を除外されている。
  2. ^ “竹原―大長の高速艇存続へ”. 47NEWS. (2009年1月30日). http://www.47news.jp/localnews/hiroshima/2009/01/post_20090130180812.html 2011年12月1日閲覧。 
  3. ^ 竹原—大長の高速船赤字増加”. 中国新聞 (2009年10月4日). 2009年10月8日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年12月1日閲覧。
  4. ^ 明石―小長のフェリーは存続へ”. 中国新聞 (2008年5月1日). 2009年9月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年12月1日閲覧。
  5. ^ フェリー(小長〜明石)便のご案内”. 土生商船. 2011年12月1日閲覧。
  6. ^ 新造船の要目データベース

関連会社[編集]