岡崎市民会館

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岡崎市民会館
岡崎市民会館・甲山会館
情報
正式名称 岡崎市民会館
完成 1967年6月22日
客席数 1,100席
延床面積 9,763m²
用途 コンサート、演劇など
運営 一般社団法人岡崎パブリックサービス
所在地 444-0072
愛知県岡崎市六供町出崎15番地
位置 北緯34度57分45.27秒 東経137度10分5.79秒 / 北緯34.9625750度 東経137.1682750度 / 34.9625750; 137.1682750座標: 北緯34度57分45.27秒 東経137度10分5.79秒 / 北緯34.9625750度 東経137.1682750度 / 34.9625750; 137.1682750
外部リンク 岡崎市民会館
歩道を拡張した市民会館南交差点付近
康生通西3丁目のセルビ跡地は現在、駐車場として整備されている。

岡崎市民会館(おかざきしみんかいかん)は、愛知県岡崎市六供町にある公共の文化施設。

沿革・概要[編集]

岡崎市民会館がある六供町出崎の敷地は戦前、岡崎市立高等女学校(現・愛知県立岡崎北高等学校)の校地として利用されていた。1930年(昭和5年)に旧甲山会館の前身となる講堂が建設された。講堂は岡崎空襲で焼失したが、戦後に建て直された。1955年(昭和30年)、岡崎北高等学校は石神町に移転。それからは愛知県立岡崎商業高等学校の校舎として利用された。1962年(昭和37年)、同校は栄町に移転。同年12月4日、校舎の一部が岡崎市立図書館となった。

岡崎市には文化活動ができる市民の集会場がなかったことから、音楽や演劇の愛好家団体などから市民会館建設の要望が高まり、中部日本新聞社は「市民会館建設促進会議」を開設した。市は岡崎商業高校の旧講堂を改装してとりあえず市民会館の代用としてあてることを決め、1963年(昭和38年)6月から工事に入った。同年11月11日、改装された旧講堂は「甲山会館」としてオープンした[1]

現在の市民会館は1967年昭和42年)6月22日、岡崎市制50周年記念事業の一環として作られた[2]。改修前の客席数は1,556席[3]。400席の補助席を含めると2,000人を収容できる大ホールは、岡崎市では初となる1,000人以上を収容できるホールだった。また結婚式場などの用に供するパーティ室があった。

改修への歩み[編集]

市民会館は老朽化が進んでいたことから、2009年(平成21年)3月、岡崎市は同会館を廃止して新しい文化会館を建設する計画を発表した(新文化会館整備基本構想)[4]

2011年(平成23年)9月1日、市は同年12月末で営業を終了する康生通西3丁目の商業施設「セルビ」の跡地を新文化会館の用地として取得する意向を発表[5]

2012年(平成24年)6月26日、市議会6月定例会において、株式会社セントラルパークビルが所有する「セルビ」跡地約6,153平方メートルを9億5,600万円で取得する議案が可決される[6]

セルビは翌2013年(平成25年)に解体され、同年11月28日に市は跡地の引き渡しを受けた[7]

しかし建設には多額の市費が必要になること、また、公共建築物の目標耐用年数を80年とする市の基本方針が出されたことなどから、同年12月20日、岡崎市は改修によって長寿命化することを決定した[8][9]2015年(平成27年)9月1日からつり天井の撤去、いすの拡幅などの工事を開始し、2016年(平成28年)8月22日、公募により愛称が「あおいホール」に決まったことが発表された[10]。市民会館から南へ下る道路の歩道が市民会館南交差点の手前で途切れていたため、安全を確保するために交差点北東角地を取得し、歩道を整備した[7]

同年10月1日、リニューアルオープン[11]。座席は1,100席と400席余り削減した一方、椅子の横幅と前後のスペースを広げてゆとりを持たせた。ホールの舞台も拡張された。改修費は約33億8,400万円[12]。延床面積は9,763m²[13]

休館日は、第1・第3月曜日(ただし、月曜日が祝日の場合は翌日以降の最初の休日でない日)、12月29日~1月3日。

施設の内容[編集]

敷地内にある甲山会館
甲山(かぶとやま)にある甲山閣
六供町の甲山(かぶとやま)。甲山古墳としても知られ、第1号墳が1972年7月5日に市の文化財に指定されている[14]

市民会館[編集]

区分 定員 面積
ホール 1,556人 2501.76 m2
リハーサル室1号室 120人 210.01 m2
リハーサル室2号室 72人 138.88 m2
パーティー室 60人 94.00 m2
控室(洋室) 29人 20.00 m2
控室(和室) 12人 19.44 m2
集会室1号室 126人 157.44 m2
集会室2号室 28人 52.48 m2
集会室3号室 16人 33.28 m2
集会室4号室 16人 33.28 m2
集会室5号室 28人 51.20 m2

(2015年8月31日現在の区分)

甲山会館[編集]

1987年(昭和62年)12月16日、市制70周年記念事業の一環として敷地内に新しい甲山会館(こうざんかいかん)が新築された[15]。こちらは中小のイベントに適した300名収容可能な小ホールである。建設時にリハーサル棟を増築するとともに、駐車場も整備された。

市民会館と同じく2015年9月1日から大規模な改修に入った。

甲山閣[編集]

甲山閣(こうざんかく)は、甲山の中腹、六供町甲越6番地21に位置する集会施設である。15畳の和室が2つ、10畳の和室が1つ、8畳の和室が4つ、計7つの和室の集会室があり、庭園もある。

1926年(大正15年)に資産家の別荘として建てられ、1933年(昭和8年)に市に寄贈された。1959年(昭和34年)の伊勢湾台風以後傷みがひどくなったため、1985年(昭和60年)秋に取り壊され[16]1986年(昭和61年)7月22日に新築オープンした。総事業費は1億6,600万円[17]

甲山閣は2015年の改修工事の対象とはなっていない。

アクセス[編集]

公共交通機関
自動車
  • 駐車場の収容数は265台[18]
  • 210台を収容する市営篭田地下駐車場から徒歩5分。

脚注[編集]

  1. ^ 中部日本新聞』1963年11月10日付朝刊、三河版、9面、「あすから一般開放 岡崎の甲山会館」。
  2. ^ 『激動の90年 日本と岡崎』 情報文化社、2004年、83頁。
  3. ^ “改修工事の安全祈願 岡崎市民会館 9月から休館”. 東海愛知新聞. (2015年7月7日). http://www.fmokazaki.jp/tokai/150707.html 2015年7月19日閲覧。 
  4. ^ 『岡崎市新文化会館整備基本構想』 岡崎市役所、2009年3月。
  5. ^ “セルビ跡地 取得交渉へ乗り出す 岡崎市 新文化会館用地に”. 東海愛知新聞. (2011年9月2日). http://www.fmokazaki.jp/tokai/110902.html 2017年8月24日閲覧。 
  6. ^ 岡崎市議会議事録 平成24年6月定例会 - 06月26日 - 13号。
  7. ^ a b 岡崎市民会館の整備方針 (PDF)”. 岡崎市役所. 2018年4月8日閲覧。
  8. ^ 中日新聞』2013年12月21日付朝刊、西三河版、20面、「岡崎市民会館の改修決定 市長発表 15年秋に着工、22億円」。
  9. ^ 岡崎市民会館の整備方針を決定しました。 | 岡崎市ホームページ
  10. ^ “「あおいホール」に 岡崎市民会館 新ホールの愛称決定”. 東海愛知新聞. (2016年8月23日). http://www.fmokazaki.jp/tokai/160823.html 2017年2月5日閲覧。 
  11. ^ 岡崎市ホームページ - 岡崎市民会館の整備方針を決定しました。
  12. ^ “来月1日 岡崎市民会館リニューアル 奥行き拡張で音響改善”. 東海愛知新聞. (2016年9月21日). http://www.fmokazaki.jp/tokai/160921.html 2016年10月2日閲覧。 
  13. ^ 岡崎市民会館改修 基本設計の概要
  14. ^ 岡崎市指定文化財目録 | 岡崎市ホームページ
  15. ^ 『激動の90年 日本と岡崎』 情報文化社、2004年、117頁。
  16. ^ 『東海愛知新聞』1985年10月24日、1面、「伝統ある木造建築で 岡崎 甲山閣、60年ぶり全面改築」。
  17. ^ 『東海愛知新聞』1986年6月24日、1面、「伝統の和風建築再現 岡崎 新甲山閣、来月オープン」。
  18. ^ 駐車場MAP | 岡崎市民会館・甲山会館

参考文献[編集]

  • 『新編 岡崎市史 総集編 20』新編岡崎市史編さん委員会、1993年3月15日、82頁、154頁。

関連項目[編集]