岡田包義

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岡田 包義(おかだ かねよし、1900年4月19日 - 2000年7月6日)は、日本の内務官僚徳島県知事北海道庁長官。

経歴[編集]

岡山県岡山市出身。岡田吟平の五男として生まれる。第六高等学校を経て、1924年東京帝国大学法学部政治学科を卒業。1923年12月、高等試験行政科試験に合格。1924年、内務省に入り東京府属となる。以後、社会局勤務、茨城県事務官、静岡県経済部長、和歌山県総務部長、長崎県総務部長、福岡県書記官・総務部長[1]、同内政部長などを歴任。

1945年6月、徳島県知事に就任。1947年2月、官選最後の北海道庁長官に就任し、同年4月に退任。1950年6月、北海道開発庁が発足すると、初代次長(事務次官)に就任し、1953年1月に退官した。

兄・岡田忠彦の政界引退後、その後継者として1955年第27回衆議院議員総選挙自由党公認で出馬したが落選した。

1956年6月、北海道東北開発公庫理事となり、1961年4月、同副総裁に就任し1963年4月まで在任。その後、北海道貿易組合連合会会長、石狩開発会長、同相談役などを歴任。

2000年7月6日、100歳で死去。官選徳島県知事・北海道庁長官経験者では最長寿だった。

親族[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『官報』第4648号、昭和17年7月9日。

参考文献[編集]

  • 『日本の歴代知事 第1巻』歴代知事編纂会、1980年。
  • 日外アソシエーツ編『現代物故者事典 2000~2002』日外アソシエーツ、2003年。
  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。