岡野 (横浜市)

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岡野
岡野公園
岡野公園
岡野の位置(横浜市内)
岡野
岡野
岡野の位置
岡野の位置(神奈川県内)
岡野
岡野
岡野の位置
北緯35度27分44.1秒 東経139度36分48.7秒 / 北緯35.462250度 東経139.613528度 / 35.462250; 139.613528
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Yokohama, Kanagawa.svg 横浜市
西区
面積
 • 合計 0.250km2 (0.097mi2)
人口
2017年(平成29年)12月31日現在)[2]
 • 合計 3,645人
 • 密度 15,000/km2 (38,000/mi2)
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
220-0073[3]
市外局番 045 (横浜MA)[4]
ナンバープレート 横浜

岡野(おかの)は神奈川県横浜市西区町名[5]。現行行政地名は岡野一丁目及び岡野二丁目で、住居表示は実施済み区域[6]郵便番号は220-0073[3]

地理[編集]

歌川広重『東海道五十三次』「神奈川 台之景」(再刻版)より。青木橋付近から横浜駅西口方面。小舟のあるあたりが、現在の岡野。

西区の西部に位置し、北東は県道横浜生田線新横浜通り)を挟み南幸、南東は帷子川を挟み西平沼町に接する。新田間川を挟んで南西は南浅間町、西から北西にかけて浅間町に接する。帷子川には上流側から沼野橋、平岡橋、元平沼橋および平沼橋、新田間川には烏帽子田橋、藤江橋、霜下橋、浅岡橋、岡野橋、新田間橋が架かる[5]。平岡橋と岡野橋を結ぶ通りの東が一丁目、西が二丁目となる。一丁目には神奈川県立横浜平沼高等学校と、その北東に横浜市西公会堂がある。新横浜通り沿いは横浜駅西口の繁華街に近く、商店や飲食店が多い。二丁目中央部には区内で唯一の野球場やプールなどを備えた岡野公園があり[7]、その北側に岡野福祉会館、横浜市立岡野中学校、西側には横浜川崎治水事務所などが入る横浜西合同庁舎[8]がある。古河電気工業横浜事業所があり、研究所や、グループ企業である古河電工パワーシステムズの事業所がある。研究所の敷地の一部には2011年11月30日サミットストアが開店[9][10]。古河電工パワーシステムズの事業所は、2016年11月に海老名市に移転した[11]

平岡橋を渡った先の西平沼町には相鉄本線平沼橋駅があり、朝夕は平沼高校の通学路としてにぎわう[12]。横浜駅西口から西公会堂付近までは、徒歩で10分ほどである[13]。新横浜通り上の岡野町バス停からは、横浜駅西口から三ツ沢や洪福寺方面、保土ケ谷車庫前から市庁前本牧を経由して根岸駅を結ぶ路線などが運行されている。

面積[編集]

面積は以下の通りである[1]

町丁 面積(km2
岡野 0.103
岡野 0.147
0.250

地価[編集]

住宅地の地価は、2017年平成29年)1月1日公示地価によれば、岡野2-17-15の地点で32万円/m2となっている[14]

歴史[編集]

かつては帷子川河口の湿地帯で、現在の町域のうち南西端の一部は1786年天明6年)に 藤江茂右衛門により開拓された藤江新田、残る大半の部分はその後開拓された岡野新田が元になっている。程ヶ谷宿の金物商であった岡野勘四郎良親は、藤江新田を引き継ぐ形で1833年天保4年)より当地の新田開拓を始める。しかしその3年後、良親は41歳で死去。良親の息子で、当時6歳であった良哉が事業を受け継ぎ1850年嘉永3年)に完成させた。岡野新田は、岡野の屋号が「鍋屋」であったことから鍋屋新田とも呼ばれた[15]1859年安政6年)の横浜港開港の際には、新田の縁に横浜道(現在の新横浜通りに相当)が開通した。1873年明治6年)、街並みの整ったところに千歳町、新玉町、岡野町を新設。1889年4月1日には町村制の施行により、神戸町、岩間町、帷子町、旧保土ケ谷町と合併して橘樹郡保土ケ谷町が成立、当地は保土ケ谷町大字岡野新田となる[16]1896年には、良哉の長男の岡野欣之助により神奈川県農事試験場が誘致され、さらに1900年には欣之助は神奈川県立高等女学校に土地と寄宿舎を寄付した[15]。県農事試験場は1908年に保土ケ谷町に移転。その後の再編により、現在は平塚市にある農業技術センターが後継機関となり[17]、岡野町の農事試験場跡地は岡野公園となっている。高等女学校は1950年に共学化され、神奈川県立横浜平沼高等学校に改称した[18]1901年(明治34年)には保土ケ谷町大字岡野新田は横浜市に編入され、横浜市岡野町となる[16]1923年大正12年)9月1日の関東大震災では、家屋の焼失などの被害が多数発生した。同月には町内に済生会神奈川県病院が新設された(1949年に神奈川区富家町に移転)[19]1927年昭和2年)10月1日の区制施行の際には神奈川区の一部となった。1936年には岡野町と浅間町の各一部から南浅間町が新設された。1943年(昭和18年)12月1日には神奈川区から中区に編入され、1944年(昭和19年)4月1日中区から西区が新設された際には西区に編入された。1965年7月1日には西平沼町の一部と岡野町から岡野一・二丁目が新設されるとともに一部が南幸二丁目・浅間町・南浅間町となり、岡野町の町名は廃止された。1982年(昭和57年)には、横浜ゴルフサロン跡に横浜市西公会堂が開館した[19]

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

丁目 世帯数 人口
岡野一丁目 768世帯 1,296人
岡野二丁目 1,348世帯 2,349人
2,116世帯 3,645人

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[20]

丁目 番地 小学校 中学校
岡野一丁目 全域 横浜市立平沼小学校 横浜市立岡野中学校
岡野二丁目 全域

施設[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 横浜市町区域要覧”. 横浜市 (2016年3月31日). 2018年1月24日閲覧。
  2. ^ a b 横浜の人口 - 登録者数(市・区・町・外国人) - 町丁別世帯と男女別人口”. 横浜市 (2017年12月31日). 2018年1月24日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年1月23日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年1月23日閲覧。
  5. ^ a b 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』p1023
  6. ^ 横浜市西区の町名一覧 (PDF)”. 横浜市市民局 (2016年10月17日). 2017年3月5日閲覧。
  7. ^ 西区の公園 > 岡野公園”. 横浜市西区役所 (2011年4月1日). 2017年3月13日閲覧。
  8. ^ 横浜川崎治水事務所へのアクセス”. 神奈川県 横浜川崎治水事務所 (2017年2月9日). 2017年3月13日閲覧。
  9. ^ “サミットストア「横浜岡野店」開店のお知らせ” (PDF) (プレスリリース), サミット株式会社広報室, (2011年11月16日), http://www.summitstore.co.jp/news/20111116a.pdf 2017年3月13日閲覧。 
  10. ^ “古河電工が横浜事業所の敷地の一部を売却へ/横浜”. 神奈川新聞カナロコ. (2012年2月22日). http://www.kanaloco.jp/article/37840 2017年3月13日閲覧。 
  11. ^ “横浜事業所移転について” (プレスリリース), 古河電工パワーシステムズ, (2012年11月21日), http://www.feps.co.jp/info/161121.htm 2017年3月13日閲覧。 
  12. ^ 西区の橋”. 横浜市 西区役所 (2016年7月15日). 2017年4月5日閲覧。
  13. ^ 西公会堂”. 西区役所 地域振興課 (2016年12月9日). 2017年4月5日閲覧。
  14. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  15. ^ a b 岡野新田の開発に携わった岡野良親さんってどんな人?”. はまれぽ.com (2012年1月5日). 2017年3月13日閲覧。
  16. ^ a b 町名#横浜の町名』p50
  17. ^ 農業技術センター沿革”. 神奈川県農業技術センター (2013年9月1日). 2017年3月15日閲覧。
  18. ^ 横浜平沼高等学校沿革”. 神奈川県立横浜平沼高等学校. 2017年3月15日閲覧。
  19. ^ a b 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』pp206-207
  20. ^ 小中学校等通学区域”. 横浜市 (2017年11月15日). 2018年1月24日閲覧。

参考文献[編集]

  • 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』角川書店、1984年6月8日。
  • 横浜市市民局総務部住居表示課『横浜の町名』、1996年12月。
  • 『県別マップル14 神奈川県道路地図』昭文社、2016年、第6版、12頁。ISBN 978-4-398-62683-7。