岩手県立盛岡工業高等学校

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岩手県立盛岡工業高等学校
過去の名称 岩手県実業学校
岩手県立工業学校
岩手県立盛岡工業学校
岩手県立高松高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 岩手県の旗 岩手県
学区 全県学区
校訓 質実剛健
設立年月日 1898年明治31年)5月9日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程 7学科
定時制課程 1学科
設置学科

全日制課程

  • 機械科
  • 電子機械科
  • 電気科
  • 電子情報科
  • 土木科
  • 工業化学科
  • 建築・デザイン科

定時制課程

  • 工業科
高校コード 03108K
所在地 020-0841
岩手県盛岡市羽場18地割11番地1
北緯39度39分7.2秒東経141度6分14.4秒
外部リンク 公式サイト
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岩手県立盛岡工業高等学校(いわてけんりつもりおかこうぎょうこうとうがっこう, Iwate Prefectural Morioka Technical High School)は、岩手県盛岡市に所在する県立工業高等学校。「盛工」(もりこう)の通称で呼ばれている。

概要[編集]

歴史
1898年明治31年)に「岩手県実業学校」として開校。2013年平成25年)に創立115周年を迎える。
工部省赤羽工作分局より機械工場とともに引き継がれた「菊花御紋章付平削盤」は、日本機械学会「日本の工作機械100選」に認定され、国の重要文化財として愛知県犬山市博物館明治村に寄託・展示されている。
アクセス 
岩手県交通が運行している。以下の路線バスに乗車。
盛岡南ICより車で約10分。
校訓
「質実剛健」
教育目標
  • 科学性と創造性の陶冶
  • 勤労精神と責任感の高揚
  • 敬愛と互助精神の涵養
校章
桐紋の上に、「高」の文字を置いている。

由来︰たくましく成長する南部桐のように、寒風にも負けず、雄々しく活躍し、学業や技術の修得に弛まぬ精進を続ける本校生徒の意欲と刻苦、研鑽を象徴するもの。

校歌
  • 1928年昭和3年)に制定。作詞は土井晩翠、作曲は山田耕筰による。歌詞は3番まである。また校歌とは別に第一から第七までの応援歌、および盛工応援団節がある。

【岩手県立盛岡工業高等学校 校歌】

1.大空に岩手聳えて 大原を北上走る 東北の郷のもなか 工業の教への庭に 集まれる子弟幾百 ああ健児勉めざらめや

2.厚生と利用のみちに 目にふるゝ文化の器 目に見えぬ理想をおはん 高くして遠き未来の あこがれも嬉し青春 ああ健児勉めざらめや

3.紅の頬の光の さめぬ間に業にいそしみ 身をたてゝ家を治めて 國に世につくさん願ひ 向上の一路辿りて ああ健児勉めざらめや

沿革[編集]

旧制・工業学校
  • 1897年(明治30年)3月29日 - 「岩手県実業学校」の設立が文部大臣に認可され、教室・木工場と付属建物が盛岡市内丸に完成。
  • 1898年(明治31年)
    • 3月19日 - 徒弟学校規定に基づき校則を制定。金工科と木工科の生徒を募集。
    • 5月9日 - 授業を開始。
    • 12月10日 - 開校記念式典を挙行。
  • 1901年(明治34年)
    • 2月 - 工業学校規定に基づき、「岩手県工業学校」と改称。本科、乙科、別科のそれぞれに金工科、木工科を設置。
    • 6月 - 「岩手県立工業学校」と改称(県の後に「立」を加える)。
  • 1904年(明治37年)2月16日 - 校則の改正により、乙科を廃止し、本科と別科のみとする。本科の金工科と木工科を機械科と建築科に改称。別科に漆工科を増設。
  • 1908年(明治41年)
    • 4月 - 別科漆工科を廃止。
    • 12月10日 - 教職員・生徒の拠出金により校旗を作製。
  • 1915年大正4年)10月 - 建築工場と建築材料庫を増築。
  • 1923年(大正12年)1月 - 別科を廃止し、新たに土木科を増設。
  • 1928年(昭和3年)8月 - 校歌を制定。
  • 1935年(昭和10年)4月1日 - 別科を復活させ、金工科と木工科を増設する。
  • 1937年(昭和12年)
    • 4月4日 - 機械建築工場以外のすべてが上田新校舎に移転。応用化学科を増設。
    • 10月1日 - 臨時工業技術養成の目的とした第二部機械科を新設。
  • 1938年(昭和13年)4月 - 別科を専修科に改称。
  • 1939年(昭和14年)4月1日 - 県立工業学校の新設に伴い、「岩手県立盛岡工業学校」と改称。
  • 1940年(昭和15年)3月 - 新たに5年制を併設。機械科卒業生の寄贈により建築製図室と普通教室を増築。
  • 1941年(昭和16年)3月31日 - 第二部機械科と専修科を廃止。
  • 1943年(昭和18年)4月1日 - 応用化学科を工業化学科に改称。
  • 1946年(昭和21年)3月27日 - 3年制度を廃止し5年制度のみとする。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)
    • 工業学校の生徒募集を停止。
    • 新制中学校を併設(名称:岩手県立盛岡工業学校併設中学校、以下:併設中学校)し、工業学校1・2年修了者を新制中学2・3年生として収容。
    • 併設中学校はあくまで暫定的に設置されたもので、新たに生徒募集は行われず、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
    • 工業学校3・4年修了者は、そのまま工業学校4・5年生として在籍。
新制・工業高等学校
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施)により、工業学校は廃止され、新制高等学校「岩手県立盛岡工業高等学校」が発足。
    • 工業学校卒業生を新制高校3年生として、工業学校4年修了者を新制高校2年生として編入。
    • 併設中学校卒業生を新制高校1年生として収容。
    • 併設中学校は継承され(名称:岩手県立盛岡工業高等学校併設中学校)、その在校生は1946年(昭和21年)に工業学校へ入学した3年生のみとなる。
  • 1949年(昭和24年)
    • 3月31日 - 最後の卒業生を送り出し、併設中学校を廃止。
    • 4月1日 - 高校三原則に基づく公立高等学校の再編により、総合制高等学校「岩手県立高松高等学校」と改称。普通科を増設し、男女共学を開始。校章を改定。
  • 1953年(昭和28年)4月1日 - 「岩手県立盛岡工業高等学校」(現校名)に復称。普通科は存続。
  • 1955年(昭和30年)4月1日 - 定時制課程機械科を設置。
  • 1958年(昭和33年)
    • 4月1日 - 岩手県美術工芸高等学校の廃止に伴い、工芸科を新設し、美工分校舎で授業を開始。
    • 10月10日 - 創立60周年を記念し、グラウンドを拡張。
  • 1959年(昭和34年)
    • 4月7日 - 電力科と電気通信科を設置し、美工分校舎で授業を開始。
    • 5月 - 上田神庭山に寄宿舎を新設し、入舎を開始。
    • 8月19日 - 火災により、講堂と家庭科教室を消失。
  • 1960年(昭和35年)12月25日 - 工芸科の校舎が完成し、美工分校舎からの移転を完了。
  • 1961年(昭和36年)3月 - 体育館が完成。
  • 1962年(昭和37年)10月 - ラグビー部、第17回国民体育大会岡山県)で優勝。
  • 1963年(昭和38年)4月1日 - 学科改編
    • 機械科と工業化学科の編成を各2学級とする。
    • 電力科を電気科に、電気通信科を電子科と改称。
    • 定時制課程に電気科を新設。
  • 1964年(昭和39年)5月25日 - 建築科と工業化学科に実習棟を増築。
  • 1966年(昭和41年)
  • 1968年(昭和43年)4月1日 - 工芸科を募集停止し、デザイン科を新設。
  • 1970年(昭和45年)
    • 4月 - 紫波郡都南村大字羽場字松崎に新校舎が完成し移転。
    • 10月 - ラグビー部、第25回国民体育大会(岩手県)で優勝。
  • 1971年(昭和46年)1月 - ラグビー部、第50回全国高等学校ラグビーフットボール大会で優勝。
  • 1973年(昭和48年)
    • 3月31日 - 校地の東端に寄宿舎を新築し、入舎を開始。
    • 4月 - 工業化学科を1学級減じ、情報技術科を新設。
    • 8月13日 - プールが完成。
  • 1981年(昭和56年)
  • 1982年(昭和57年)
  • 1989年(平成元年)
    • 3月21日 - 校地の東端に合宿所「桐工会館」が完成。
    • 4月1日 - 機械科を1学級減じ、電子機械科を新設。
  • 1992年(平成4年)4月1日 - 盛岡市と都南村の合併により、学校所在地の表記が盛岡市羽場第18地割11番地1に変更となる。
  • 1994年(平成6年)
    • 3月 - 家庭科実習棟が完成。
    • 4月1日 - 学科改編により、定時制課程の機械科と電気科の生徒募集を停止し、定時制課程工業科を新設。
    • 11月 - 校舎大規模改造工事を開始。
  • 1997年(平成9年)
    • 3月31日 - 定時制課程機械科と電気科を廃止。
    • 8月 - 機械科実習棟を改築。
  • 1999年(平成11年)
  • 2000年(平成12年)
    • 3月21日 - 創立100周年を記念し「盛工百年館」が完成。
    • 3月27日 - 建築科・土木科・デザイン科実習棟を改修。
    • 3月31日 - 太陽光発電装置を設置。
  • 2001年(平成13年)6月22日 - 所蔵の菊花御紋章付門形平削盤(明治12年、工部省赤羽工作分局製)が国の重要文化財の指定を受ける。
  • 2003年(平成15年)4月1日 - 電子科と情報技術科の生徒募集を停止し、電子情報科を新設。
  • 2005年(平成17年)3月31日 - 電子科と情報技術科を廃止。
  • 2008年(平成20年)4月1日 - 建築科とデザイン科の生徒募集を停止し、建築・デザイン科を新設。
  • 2009年(平成21年)4月-ウエイトリフティング場に隣接した室外トイレ完成。
  • 2010年(平成22年)3月31日 - 建築科とデザイン科を廃止。

部活動[編集]

部活動が盛んであり、ラグビーアマチュアレスリングウエイトリフティングなど全国大会でも活躍している。特に盛岡工業高等学校ラグビー部は、現在までに32回の全国高等学校ラグビーフットボール大会への出場と2度の全国制覇を果たしている強豪校である。
運動部
文化部

著名な出身者[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]