岳陽楼

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岳陽楼
元代夏永英語版が描いた岳陽楼

岳陽楼(がくようろう、簡体字: 岳阳楼繁体字: 岳陽樓拼音: Yuèyáng Lóu)は中国湖南省岳陽市にある楼閣洞庭湖の東北岸に建つ、高さ20.35メートルの[1]三層の[2]木造建築[1]であり、眼下に広大な洞庭湖、北に長江を臨む[1]雄大な景観で知られる[3][4]

黄鶴楼滕王閣と共に、江南の三大名楼のひとつとされる。

歴史[編集]

後漢末、赤壁の戦いの後[5]魯粛水軍を訓練する際の閲兵台として築いたものがこの楼の始まりとされる[1][2]

代、岳州刺史として左遷されてきた張説716年開元4年)に[1]魯粛の軍楼を改修して[5]岳州城(岳陽城)の西門とし、南楼と称した[1]。「岳陽楼」の名もこの頃につけられた[5]。張説が才子文人と共にこの楼で詩を賦してからその名が高まり[3]、後に孟浩然李白ら著名な詩人たちもここを訪れて詩を賦し[3]、「天下の楼」とうたわれた[2]。当時の楼は現在のものより小規模で背も低かったと言われる[2]

現在の建物は代の1867年同治6年)[2]あるいは1877年光緒3年)[5]の再建であり、その飛檐(反りの大きな軒)は清代建築に特徴的なものである[2]

文学[編集]

孟浩然の『臨洞庭』(洞庭に臨む)、杜甫の『登岳陽樓』(岳陽楼に登る)、范仲淹の『岳陽樓記』(岳陽楼の記)など、岳陽楼とその情景を詠じた詩文は数多い[6]

杜甫[編集]

杜甫が最晩年、戦乱で荒廃した長江流域をさすらう中で岳陽を訪れ、768年大暦3年)の暮れに詠んだのが[4]、この極めて精錬度の高い五言律詩[7]『登岳陽樓』(岳陽楼に登る)である。

登岳陽樓
昔聞洞庭水 昔聞く 洞庭の水 昔から洞庭湖の素晴らしい景色を話には聞いていたが
今上岳陽樓 今上る 岳陽楼 いままさに岳陽楼に登っている
呉楚東南坼 呉楚(ごそ) 東南に坼(さ)け 呉と楚は、この湖によって東と南に引き裂かれ
乾坤日夜浮 乾坤(けんこん) 日夜浮かぶ 天と地が、果て無く広がる水面に日夜浮かんでいる
親朋無一字 親朋(しんほう) 一字無く 家族や友人から一通の便りも無く
老病有孤舟 老病 孤舟(こしゅう)有り 老いて病気がちな我が身には、一艘の舟だけが頼りだ
戎馬關山北 戎馬(じゅうば) 関山の北 関山の北では、戦乱が続いている
憑軒涕泗流 軒(けん)に憑(よ)って涕泗(ていし)流る 軒にもたれて故郷を思うと、涙が流れてくるばかりだ

唐詩選』にも収められた[4]この詩に対する賞賛は数多く、かねてより古今の絶唱と称される[3]。例えば宋の唐庚中国語版は『唐子西文録』で「子美の詩は四十字のみ。気象閎放、涵蓄深遠にして、殆ど洞庭と雄を争ふ。いはゆる富めるかな言や、といふ者なり。〔李〕太白〔韓〕退之の輩、率(おおむ)ね大篇を為(つく)るも、終に逮(およ)ばざるなり」と絶賛している[3]

范仲淹[編集]

范仲淹の『岳陽樓記』(岳陽楼の記)は、1044年慶暦4年)に中央から岳州太守へ左遷された滕宗諒中国語版が、岳陽楼を修復した際、同年の進士だった范仲淹に作らせた文章である[6]。『古文真宝』に収められ、名文として広く知られる[8]。特に、末尾の一節から「先憂後楽」という語が生まれたことで著名[8]

…居廟堂之高,則憂其民;處江湖之遠,則憂其君。是進亦憂,退亦憂;然則何時而樂耶?其必曰:「先天下之憂而憂,後天下之樂而樂」乎!噫!微斯人,吾誰與歸!

…朝廷の高い位にあるときは、おのれの民を憂い、人里離れた所に隠れ住むときは、わが主君のために憂う。進んで仕えていても憂い、退いて民間にいても憂うるのだ。とすればいつになれば楽しむのか。その人は必ず「天下の人の憂いに先立って憂い、天下の人の楽しみに後れて楽しむ」というであろう。ああ、そうした人がいなければ、私はいったい誰に帰依すればよいのか。[6]

— 范仲淹『岳陽樓記』

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f 高木重俊、石嘉福 『名勝 唐詩選』〈下〉、日本放送出版協会〈NHKブックス〉、1996年、pp.118-121。ISBN 978-4140017715。
  2. ^ a b c d e f 田川純三 『杜甫の旅』 新潮社〈新潮選書〉、1993年、pp.269-270。ISBN 978-4106004353。
  3. ^ a b c d e 大川忠三 『唐詩三百首』 明徳出版社〈中国古典新書〉、1984年、pp.106-109。ISBN 978-4896192995。
  4. ^ a b c 黒川洋一(注) 『杜甫』 岩波書店〈新修 中国詩人選集 3〉、1983年、pp.180-181。
  5. ^ a b c d 興膳宏 『杜甫 - 憂愁の詩人を超えて』 岩波書店〈書物誕生 - あたらしい古典入門〉、2009年、pp.240-241。ISBN 978-4000282956。
  6. ^ a b c 伊藤正文(著訳)、一海知義(著訳) 『漢・魏・六朝・唐・宋散文選』 平凡社中国古典文学大系 23〉、1970年、pp.301-302。ISBN 978-4582312232。
  7. ^ 劉開揚 『杜甫』 橋本尭(訳)、日中出版〈中国古典入門叢書〉、1984年、pp.170-171。ISBN 978-4817511171。
  8. ^ a b 今関天彭辛島驍 『宋詩選』 集英社〈漢詩大系 16〉、1966年、p.66。

座標: 北緯29度23分5.0秒 東経113度5分18.1秒 / 北緯29.384722度 東経113.088361度 / 29.384722; 113.088361