峯山冨美

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峯山 冨美(みねやま ふみ、1914年 - 2010年12月28日)は、市民運動活動家、「小樽運河を守る会」会長。

生涯[編集]

1914年北海道後志支庁真狩村に生まれる。1924年小樽市に移り住む。小樽高等女学校補修師範科卒業して、三菱商事に入社する。1944年胆振支庁伊達市に引っ越す。1955年、小樽市に戻り、北手宮小学校に勤務する。

1966年に、道道建設のため、小樽運河が全部埋め立てられることになる再開発計画が、小樽市議会で賛成多数で可決される。昔の町並みが失われることを危惧する小樽市の市民らが、1973年に、「小樽運河を守る会」を立ち上げる。結成時、峯山冨美は副会長に選ばれる。その後も、峯山冨美は積極的に活躍し、1978年に、会長となる。全国でも知られる景観保存運動となる。1983年11月12日に、小樽運河の半分が埋め立てられることとなり杭打ち工事が始まる。1984年に会長を辞める。なお、1986年に、運河埋め立てを伴った道道建設は終了するが、運河のほぼ半分はそのまま埋め立てられず残ることとなった。

その後、市民団体「小樽再生フォーラム」の設立にかかわる。2008年、小樽運河と石造倉庫群の保存に関わる市民運動により小樽都心部の復興・再生に貢献したという理由で、日本建築学会賞「文化賞」を受賞する。

2010年12月28日、死去する。96歳であった。

著書[編集]

対談集

  • 『ふみさん、たけじさんの93歳対談』(2008年11月 朝日新聞出版)ISBN-13: 978-4021001574