島原鉄道線

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島原鉄道線
廃止された南目線を有明海に沿いながら走るキハ2500形気動車(2008年)
廃止された南目線を有明海に沿いながら走る
キハ2500形気動車(2008年)
概要
起終点 起点:諫早駅
終点:島原港駅
駅数 24駅
運営
開業 1911年6月20日 (1911-06-20)(島原鉄道)
1922年4月22日(口之津鉄道)
部分廃止 2008年4月1日(島原外港-加津佐間)
所有者 島原鉄道+口之津鉄道→
島原鉄道
使用車両 島原鉄道#車両を参照
路線諸元
路線総延長 43.2 km (26.8 mi)
軌間 1,067 mm (3 ft 6 in)
電化 全線非電化
運行速度 75 km/h[1]
テンプレートを表示
停車場・施設・接続路線
凡例
STR
JR九大村線
ABZg+l STRq
JR九:長崎本線
0.0 諫早駅
STRr STR
JR九:長崎本線
BHF
1.5 本諫早駅
BHF
2.9 幸駅
BHF
4.8 小野駅
BHF
5.5 干拓の里駅
BHF
7.5 森山駅
BHF
9.6 釜ノ鼻駅
BHF
11.4 諫早東高校駅
eABZg+r
雲仙鉄道
BHF
12.4 愛野駅
BHF
14.4 阿母崎駅
BHF
16.6 吾妻駅
BHF
19.6 古部駅
BHF
20.8 大正駅
BHF
23.0 西郷駅
BHF
25.5 神代駅
BHF
29.4 多比良駅
BHF
31.8 有明湯江駅
BHF
34.1 大三東駅
BHF
35.2 松尾駅
BHF
37.5 三会駅
BHF
40.5 島原駅
BHF
41.5 霊丘公園体育館駅
BHF
42.3 島原船津駅
KBHFxe
43.2 島原港駅
exSTR
↓2008年廃止
exBHF
44.3 秩父が浦駅
exBHF
45.4 安徳駅
exhSTRae
安新大橋 水無川
exBHF
47.5 瀬野深江駅
exBHF
49.6 深江駅
exBHF
52.0 布津新田駅
exBHF
53.9 布津駅
exBHF
56.9 堂崎駅
exBHF
58.4 蒲河駅
exBHF
59.9 有家駅
exBHF
61.2 西有家駅
exBHF
63.4 龍石駅
exBHF
65.3 北有馬駅
exhKRZWae
有馬川
exBHF
66.1 常光寺前駅
exBHF
67.1 浦田観音駅
exBHF
68.2 原城駅
exBHF
70.6 有馬吉川駅
exTUNNEL1
exBHF
74.6 東大屋駅
exBHF
75.8 口之津駅
exBHF
76.8 白浜海水浴場前駅
exKBHFe
78.5 加津佐駅

島原鉄道線(しまばらてつどうせん)は、長崎県諫早市諫早駅から同県島原市島原港駅までを結ぶ島原鉄道鉄道路線である。

概要[編集]

島原半島の北岸から東岸を走る鉄道路線。非電化ローカル線であるが、諫早口では近郊輸送の役割も担っている。かつては博多駅までの国鉄線直通優等列車や、長崎駅佐世保駅への直通列車も運行していたが廃止され、島原半島と福岡県・長崎県を広域に結ぶ連絡機能は失われた。

以前は島原港駅(当時は島原外港駅)からさらに南島原市加津佐駅までを結んでいたが、同区間は2008年(平成20年)4月1日に廃止された(歴史にて詳述)。部分廃止以前は諫早 - 南島原(現・島原船津)間が北目線(きためせん)、南島原 - 加津佐間が南目線(みなんめせん)[2]と呼ばれていた。南目線は島原船津 - 島原港間の一区間が存続している。

路線データ[編集]

歴史[編集]

通称・北目線と呼ばれる諫早 - 島原船津間は島原鉄道によって、同じく南目線と呼ばれる島原船津 - 加津佐間は傍系会社の口之津鉄道によって開業した。両社は1943年(昭和18年)に合併した。

1958年(昭和33年)から諫早駅より国鉄長崎本線に乗り入れて長崎駅まで直通運転を開始した。1960年(昭和35年)には国鉄の準急(後に急行化)に併結して博多駅までの直通運転を開始した。国鉄線への乗り入れは1980年(昭和55年)まで行われた。これについては、長崎本線優等列車沿革も参照されたい。

雲仙普賢岳の噴火活動が1991年(平成3年)頃から活発となり、同年火砕流により南島原(現・島原船津) - 布津間が約半年間不通となる。翌年には島原外港 (現・島原港)- 深江間が土石流により不通となり、1993年(平成5年)にこの区間を休止して防災工事が行われた。1997年(平成9年)に島原外港(現・島原港) - 深江間の高架化が完成し運行を再開した[3]

南島原(現・島原船津) - 加津佐間が赤字の約8割を占めていたことから、2004年度から廃止が検討され始め(同区間は1970年代にも廃止が検討されたが猛反対にあい撤回された[4])、島原鉄道は2007年(平成19年)1月31日に島原外港(現・島原港) - 加津佐間を2008年(平成20年)4月1日に廃止する方針を発表した[5](当初の廃止予定区間は南島原(現・島原船津) - 加津佐間であったが、島原市の要望を受けて島原外港(現・島原港) - 加津佐間となった[6][7])。

普賢岳噴火災害復旧に伴って建設された設備の大半も10年余りで役目を終えることとなった。

年表[編集]

  • 1907年(明治40年)5月18日 仮免許状下付(北高来郡北諫早村-南高来郡島原村間)[8]
  • 1909年(明治42年)3月19日 本免許状下付[9]
  • 1911年(明治44年)
    • 6月20日 島原鉄道により本諫早 - 愛野村(現在の愛野)間が開業[10][11]
    • 8月21日 島原鉄道 諫早 - 本諫早間が開業[11]
  • 1912年(大正元年)10月10日 島原鉄道 愛野村 - 神代町間が開業[12]
  • 1913年(大正2年)
    • 5月10日 島原鉄道 神代町 - 大三東間が開業[13]
    • 9月24日 島原鉄道 大三東 - 湊新地(現在の島原船津)間が開業[14]
  • 1918年(大正7年)
    • 3月25日 不知火鉄道(後に口之津鉄道)に対し鉄道免許状下付(南高来郡島原町-同郡口之津村間)[15]
    • 7月16日 島原鉄道 湊新地駅を島原湊駅に改称[16]
  • 1919年(大正8年)5月6日 島原鉄道 湯江駅(現在の有明湯江駅)開業[17]
  • 1922年(大正11年)4月22日 口之津鉄道により島原湊 - 堂崎間が開業[18]
  • 1923年(大正12年)3月24日 口之津鉄道に対し鉄道免許状下付(南高来郡口之津村-同郡加津佐村間)[19]
  • 1926年(大正15年)7月2日 口之津鉄道 堂崎 - 南有馬(のちの原城)間が開業[20]
  • 1927年(昭和2年)6月 温泉鉄道・小浜鉄道と直通運転開始(1932年(昭和7年)まで)。
  • 1928年(昭和3年)3月1日 口之津鉄道 南有馬 - 加津佐間まで開業し全通[21]
  • 1929年(昭和4年)5月17日 口之津鉄道 布津新田駅、龍石駅開業。
  • 1930年(昭和5年)
    • 6月1日 口之津鉄道 瓦斯倫動力併用[22]
    • 9月1日 島原鉄道 釜ノ鼻駅開業。
  • 1931年(昭和6年)10月1日 島原鉄道 松尾町駅(現在の松尾駅)開業。
  • 1932年(昭和7年)11月15日 口之津鉄道 瀬野深江駅、蒲河駅、浦田観音駅、女学校前駅(後の白浜海水浴場前駅)開業。
  • 1933年(昭和8年)7月15日 口之津鉄道 常光寺前駅開業。
  • 1934年(昭和9年) 湯江駅を島鉄湯江駅に改称。
  • 1934年(昭和9年)2月15日 島原鉄道瓦斯倫動力併用実施[23]
  • 1943年(昭和18年)7月1日 島原鉄道が口之津鉄道を合併。
  • 1949年(昭和24年)8月1日 愛野村駅を愛野駅に改称。
  • 1955年(昭和30年)3月9日 吾妻崎駅(現在の阿母崎駅)、大正駅開業。
  • 1957年(昭和32年)
  • 1958年(昭和33年)4月11日 国鉄線への直通運転を開始。
  • 1960年(昭和35年)
    • 11月5日 吾妻崎駅を阿母崎駅に、山田村駅を吾妻駅に、島原湊駅を南島原駅に、安中村駅を安徳駅に改称。
    • 11月11日 島原外港駅開業。
  • 1962年(昭和37年)10月 南有馬駅を原城駅に改称。
  • 1964年(昭和39年)
    • 1月7日 小野村駅を小野本町駅に改称。
    • 4月8日 中央高校前駅(後の秩父が浦駅)開業。
  • 1980年(昭和55年)10月1日 国鉄線への直通運転を廃止。
  • 1984年(昭和59年)11月12日 諫早東高校前駅、島鉄本社前駅開業。
  • 1990年(平成2年)10月10日 中央高校前駅を職業訓練校前駅に改称。
  • 1991年(平成3年)6月3日 雲仙普賢岳の火砕流で南島原 - 布津間不通に。12月27日全線復旧[3]
  • 1992年(平成4年)
  • 1993年(平成5年)4月28日 島原外港 - 深江間が再び不通となり、翌29日からこの区間を休止[3]
  • 1995年(平成7年)4月20日 干拓の里駅開業。職業訓練校前駅を技術専門校前駅に改称。
  • 1996年(平成8年)10月1日 技術専門校前駅を秩父が浦駅に改称。
  • 1997年(平成9年)4月1日 島原外港 - 深江間の高架化が完成し全線で運行を再開[3]
  • 1999年(平成11年)3月13日 ワンマン運転開始。
  • 2000年(平成12年)3月11日 幸駅開業。
  • 2008年(平成20年)4月1日 島原外港 - 加津佐間廃止。同時にダイヤ改正を行い、列車を増発。
  • 2010年(平成22年)11月2日 島原外港駅が全焼。詳細は島原港駅を参照。
  • 2019年(令和元年)10月1日 大幅な駅名変更を実施[25]
    • 小野本町駅を小野駅に、諫早東高校前駅を諫早東高校駅に、神代町駅を神代駅に、多比良町駅を多比良駅に、島鉄湯江駅を有明湯江駅に、松尾町駅を松尾駅に、島鉄本社前駅を霊丘公園体育館駅に、南島原駅を島原船津駅に、島原外港駅を島原港駅にそれぞれ改称。
    • 諫早駅(雲仙・島原口)、本諫早駅(諫早市役所前)、吾妻駅(雲仙市役所前)、神代駅(鍋島邸前)の副名称を設定。

運行形態[編集]

2018年8月4日改正ダイヤ[26]では、諫早・本諫早 - 島原船津・島原港間に約15 - 60分に1本の24往復が運行されており(うち島原港発着は下り20本・上り21本、島原港行き下り始発列車のみ本諫早発)、うち1往復が急行列車として運行されている(運賃だけで利用可能で別途料金は不要。停車駅は「駅一覧」を参照)。このほか諫早 - 本諫早間のみ運転の区間列車が下り13本・上り12本、島原 - 島原港間の区間列車も日中のみ5往復あり、諫早発の最終が22時台で2本ある。

全ての列車が1両編成または2両編成で運行される。1999年3月13日から1両編成の列車についてワンマン運転が開始され、2019年9月20日からは2両編成の列車についても実施している[27]。諫早駅・本諫早駅・島原駅では全てのドアが開閉し、駅できっぷの販売および運賃の精算を行う。その他の駅では1両目後扉から整理券を取って乗車し、1両目前扉から降車する際に運賃を支払う[28]

列車番号は島原港・島原船津発着の普通列車が100番台、急行列車が200番台、本諫早発着の列車が50番台、島原 - 島原港間の区間列車が60番台となっている。本諫早発着の列車については60番以降の番号は使われておらず、59番より後は51-1番のように枝番を使って表している。全列車が気動車によって運転されているが、気動車列車を表すDは使われていない。

2008年(平成20年)の島原外港(現・島原港) - 加津佐間の廃止前は、同年3月時点で諫早 - 加津佐間を通して走る列車(南島原駅で乗り換えとなる場合もあった)が1 - 2時間に1本程度(下り12本・上り13本)運転されていたほか、諫早 - 南島原間・諫早 - 本諫早間の区間列車も運転されていた[29]。急行列車は下り1本、上り2本のみの運転だった[29]。廃止区間においての最終は19 - 20時台であった[29]。島原外港 - 加津佐間の廃止後は列車が増発され、2009年1月時点で急行列車は下り8本・上り9本が設定されていたが[30]、2017年8月時点には急行列車は下り3本・上り2本にまで減少している[31]

1980年代まで運行されていた急行列車は10km以上乗車する場合に限り急行料金が必要であった。1997年(平成9年)に雲仙普賢岳噴火災害復旧工事完成に伴い復活した急行列車では急行料金が不要となっている。

1997年の災害復旧後に観光トロッコ列車「島鉄ハッピートレイン」が運行開始され、毎年4月から11月まで運行されていたが、島原外港 - 加津佐間の廃止により運行を終了している。

利用状況[編集]

輸送実績[編集]

島原鉄道線の近年の輸送実績を下表に記す。輸送量は減少している。[32] 表中、輸送人員の単位は万人。輸送人員は年度での値。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。

収入実績[編集]

島原鉄道線の近年の収入実績を下表に記す。 表中、収入の単位は千円。数値は年度での値。手小荷物収入には郵便物収入を含む。 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。

戦前の輸送収支実績[編集]

  • 鉄道院年報、鉄道院鉄道統計資料、鉄道省鉄道統計資料、鉄道統計資料、鉄道統計、国有鉄道陸運統計各年度版

駅一覧[編集]

  • 全駅長崎県に所在(廃止区間も含む)。
  • ●:停車、|:通過
  • 普通列車は省略:各駅に停車
  • #印は、列車の交換可能な駅。
  • 廃止区間の停車駅などは廃止直前時点のもの。
駅名 駅間キロ 営業キロ 急行 接続路線・航路 所在地
諫早駅
(雲仙・島原口)
- 0.0 九州旅客鉄道:長崎本線大村線 諫早市
本諫早駅#
(諫早市役所前)
1.5 1.5  
幸駅 1.4 2.9  
小野駅 1.9 4.8  
干拓の里駅 0.7 5.5  
森山駅# 2.0 7.5  
釜ノ鼻駅 2.1 9.6  
諫早東高校駅 1.8 11.4  
愛野駅# 1.0 12.4   雲仙市
阿母崎駅 2.0 14.4  
吾妻駅#
(雲仙市役所前)
2.2 16.6  
古部駅# 3.0 19.6  
大正駅 1.2 20.8  
西郷駅# 2.2 23.0  
神代駅#
(鍋島邸前)
2.5 25.5  
多比良駅# 3.9 29.4 有明フェリー
有明湯江駅 2.4 31.8   島原市
大三東駅# 2.3 34.1  
松尾駅 1.1 35.2  
三会駅# 2.3 37.5  
島原駅# 3.0 40.5 南目線廃線区間(深江、原城、口之津方面)代替バス
霊丘公園体育館駅 1.0 41.5  
島原船津駅# 0.8 42.3  
島原港駅 0.9 43.2 九商フェリー熊本フェリー
廃止区間
秩父が浦駅 1.1 44.3   島原市
安徳駅 1.1 45.4  
瀬野深江駅 2.1 47.5   南島原市
深江駅# 2.1 49.6  
布津新田駅 2.4 52.0  
布津駅# 1.9 53.9  
堂崎駅 3.0 56.9  
蒲河駅 1.5 58.4  
有家駅# 1.5 59.9  
西有家駅 1.3 61.2  
龍石駅 2.2 63.4  
北有馬駅# 1.9 65.3  
常光寺前駅 0.8 66.1  
浦田観音駅 1.0 67.1  
原城駅# 1.1 68.2  
有馬吉川駅 2.4 70.6  
東大屋駅 4.0 74.6  
口之津駅 1.2 75.8 島鉄フェリー
白浜海水浴場前駅 1.0 76.8  
加津佐駅 1.7 78.5 島鉄バス(小浜方面)

過去の接続路線[編集]

  • 愛野駅(当時は愛野村駅):雲仙鉄道 - 1938年8月16日廃止

運賃[編集]

大人普通旅客運賃(小児半額・10円未満切り上げ)。2019年(令和元年)10月1日改定[33]。急行料金は不要。長崎スマートカードでの支払いは不可。

キロ程 運賃(円)
初乗り1 - 3km 150
4 170
5 200
6 240
7 280
8 330
9 370
10 400
11 440
12 480
13 520
14 570
15 600
16 640
17 680
18 720
19 770
20 800
21 840
22 880
23 920
キロ程 運賃(円)
24 950
25 1000
26 1030
27 1060
28 1080
29 1110
30 1140
31 1170
32 1190
33 1230
34 1260
35 1290
36 1310
37 1340
38 1370
39 1400
40 1430
41 1460
42 1490
43 1520
44 1540

廃止区間の状況[編集]

2013年時点では、レールおよび標識等は撤去されたものの、大部分で路盤や橋梁等は残されている[34]。廃線跡は大部分が島原鉄道の私有地となっており、沿線自治体であった島原市南島原市が今後の土地活用を模索している[34]。駅舎は旧口之津駅を除いて現存している[35]ほか、旧有家駅舎はバス待合所として活用されている[36]

島原鉄道では廃止区間の代替交通として、並行するバス路線を増便した[37](1時間あたり1 - 2本程度、途中区間便あり。)。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 寺田裕一『日本のローカル私鉄 (2000)』 - ネコ・パブリッシング
  2. ^ 『鉄道ジャーナル』2013年4月号、P95
  3. ^ a b c d e 「雲仙普賢岳災害から再起」『鉄道ジャーナル』第31巻第8号、鉄道ジャーナル社、1997年8月、 71-77頁。
  4. ^ 『ありがとう南線 思い出をつないだ20の駅』島原鉄道 2008年 p64
  5. ^ “島原鉄道線一部区間(島原外港 - 加津佐)の廃止について” (PDF) (プレスリリース), 島原鉄道, (2007年1月31日), オリジナルの2007年2月2日時点によるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20070202013427/http://www.shimatetsu.co.jp/rail/press-2.pdf 2015年5月19日閲覧。 
  6. ^ 島鉄が南島原 - 加津佐間廃止を検討 07年度末」長崎新聞 2007年1月31日 (Internet Archive)
  7. ^ 島鉄が島原外港駅 - 加津佐駅廃止を発表 来年三月末 [リンク切れ]」長崎新聞 2007年1月31日
  8. ^ 「私設鉄道株式会社仮免許状」『官報』1907年5月21日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  9. ^ 「私設鉄道株式会社本免許状下付」『官報』1909年3月23日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  10. ^ 『鉄道院年報. 明治44年度』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  11. ^ a b 官報では6月19日「軽便鉄道運輸開始」『官報』1911年9月8日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  12. ^ 「軽便鉄道運輸開始」『官報』1912年10月19日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  13. ^ 「軽便鉄道運輸開始」『官報』1913年5月13日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  14. ^ 「軽便鉄道運輸開始」『官報』1913年10月14日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  15. ^ 「軽便鉄道免許状下付」『官報』1918年3月26日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  16. ^ 「軽便鉄道停車場名改称」『官報』1918年7月19日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  17. ^ 「軽便鉄道停車場設置」『官報』1919年5月14日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  18. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1922年4月26日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  19. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1923年3月27日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  20. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1926年7月8日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  21. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1928年3月10日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  22. ^ 『地方鉄道及軌道一覧 : 附・専用鉄道. 昭和10年4月1日現在』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  23. ^ 『地方鉄道及軌道一覧 : 附・専用鉄道. 昭和10年4月1日現在』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  24. ^ a b 『島原鉄道100年史』島原鉄道、2008年、136頁
  25. ^ 10月以降の鉄道・バスの各種変更について”. 島原鉄道. 2019年8月24日閲覧。
  26. ^ 時刻表・運賃表 - 島原鉄道、2017年8月27日閲覧
  27. ^ 2両ワンマン運転の開始について - 島原鉄道
  28. ^ ワンマン列車の乗り方 - 島原鉄道
  29. ^ a b c 『JTB時刻表』2008年3月号、JTBパブリッシング、特集pp.18-19
  30. ^ 『JTB時刻表』2009年3月号、JTBパブリッシング、p.863
  31. ^ 『JTB時刻表』2017年10月号、JTBパブリッシング、p.873
  32. ^ [1] - 九州運輸要覧、2019年7月3日閲覧
  33. ^ 運賃について - 島原鉄道、2019年10月2日閲覧
  34. ^ a b 『鉄道ジャーナル』2013年4月号、P96
  35. ^ 『鉄道ジャーナル』2013年4月号、P101
  36. ^ 『鉄道ジャーナル』2013年4月号、P98
  37. ^ 『鉄道ジャーナル』2013年4月号、P99

参考資料・文献[編集]

  • 栗原景「失われた鉄路の記憶8 島原鉄道」『鉄道ジャーナル』2013年4月号(通巻558号)、鉄道ジャーナル社、2013年4月。

関連項目[編集]