島本浩也

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島本 浩也
阪神タイガース #69
島本浩也投手.jpg
2016年7月7日
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 奈良県大和高田市
生年月日 (1993-02-14) 1993年2月14日(26歳)
身長
体重
176 cm
73 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2010年 育成選手ドラフト2位
初出場 2015年4月2日
年俸 850万円(2019年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

島本 浩也(しまもと ひろや、1993年2月14日 - )は、阪神タイガース に所属する奈良県大和高田市出身のプロ野球選手投手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

大和高田市立高田小学校1年時に「高田ヤマトイーグルス」で野球を始めると、中学校在学時には「橿原コンドルボーイズ」に所属した。

福知山成美高校への進学後、2年春にベンチ入りし、投手として同年秋の京都大会準優勝に貢献。その後の近畿大会ではPL学園高校戦で10奪三振1失点完投勝利を収めるなどの活躍でチームをベスト8進出に導いた。その一方で3年時に他部員の不祥事によりチームが対外試合禁止処分を受けており、その影響もあって甲子園大会には縁がなかった。1学年後輩に桑原将志がいる。

2010年のNPB育成ドラフト会議で、阪神タイガースから2巡目で指名。支度金200万円、年俸300万円(金額は推定)という条件で、育成選手として入団した[2]。背番号は126

阪神時代[編集]

2011年には、ウエスタン・リーグ公式戦に1試合だけ登板。投球回数はわずか1イニングだった。

2012年にも、同リーグ公式戦で6試合の登板にとどまった。

2013年、二軍では救援投手として25試合に登板。しかし、投球回(23回 2/3)を上回る29被安打を記録し、防御率は4.94に上った。この年で阪神に連続3シーズン在籍したため、シーズン終了に伴い自由契約選手として公示後[3]、育成選手として再契約[4]

2014年には、ウ・リーグ公式戦17試合に登板。先発投手としての登板機会が増え、1勝3敗、防御率3.40という成績を残した。シーズン終了後には、前年に続いて自由契約選手として公示されたが[5]、左投手を欠くチームのブルペン事情に加え二軍戦やフェニックスリーグでの好成績を受けて11月21日に支配下登録選手として契約を更改[6][7][8]。背番号も126から69に変更した。阪神に育成入団した投手及び高卒選手の支配下登録はいずれも初の出来事[8]

2015年、左の中継ぎ候補として、沖縄宜野座での一軍春季キャンプに初参加。臨時コーチとして参加していた江夏豊による指導をきっかけに、オープン戦で6試合連続無失点を記録したことから[9]、阪神へ育成入団した選手では初めての開幕一軍登録を果たした。4月2日の対東京ヤクルトスワローズ戦(神宮球場)で、4点ビハインドの6回裏に、救援投手として一軍デビュー。2回を1安打無失点に抑えた[10]。4月16日の対中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)では、阪神へ育成入団した投手として初めてのホールドを記録[11]。その後は、2度にわたって一軍と二軍を往復しながらも、一軍公式戦で通算18試合に登板し防御率は8.84。また、9月12日の対広島東洋カープ戦(阪神甲子園球場)では、同点で迎えた12回裏に代走として出場(詳細後述)。オフには推定年俸720万円(前年から300万円増)で契約を更改した[12]

2016年には、先発候補として2年続けて宜野座の一軍春季キャンプへ参加。キャンプ序盤の2月3日に左足の内転筋を痛め投手陣で最も早いリタイアとなったの[13]。オープン戦から一軍に復帰し[14]掛布雅之新二軍監督の初陣であった中日とのウ・リーグ開幕戦(3月15日)では、一軍の開幕ローテーション入りを視野に先発を任された。しかし、4回6失点という内容で敗戦投手になったことにより[15]、2年連続の開幕一軍入りを逸した。5月21日にシーズン初の一軍昇格を果たした後は[16]、中継ぎ要員として一軍に帯同。7月24日の対広島戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)で1点ビハインドの5回裏2死1・2塁から救援登板し、丸佳浩を1球で一塁ゴロに打ち取ると、その直後の攻撃でチームが逆転しそのまま勝利したことによってプロ初勝利を挙げた[17]。阪神の投手が1球で一軍初勝利を挙げたのは初の出来事[18][19]

2017年には、高橋聡文や本格的に中継ぎ転向した岩崎優を筆頭に一軍で左投手が充実していたことなどから、一軍公式戦への登板機会がなかった。二軍では先発を中心に27試合へ登板。3勝4敗と負け越しながらも、防御率1.59という好成績を残した。

2018年能見篤史が中継ぎに転向した影響から前年同様出場機会が得られず、一軍ではわずか1試合の登板にとどまった[20][21]。二軍では、新任の矢野燿大二軍監督の下で、チームの左投手としては最多(右投手を含めれば守屋功輝伊藤和雄に次ぐ)34試合へ登板。0勝1敗、防御率3.45という成績ながら、チームの8年振りリーグ優勝に貢献した。

2019年、矢野の一軍監督就任を背景に、中継ぎとして開幕から一軍に定着[22]セ・パ交流戦期間中に登板数が自己最多に達したほか、6月6日の対千葉ロッテマリーンズ戦(ZOZOマリンスタジアム)で一軍公式戦初セーブを挙げた[23]

選手としての特徴[編集]

オーバースローから繰り出す最速148km/h[24]ストレートを軸に[25]スライダーフォークを織り交ぜる。2014年の秋季キャンプでは、現役時代に自身と同じ左腕投手だった大野豊臨時投手コーチから、シュートを伝授された[26]

プロ野球選手としては細身ながら「投げっぷり」の良さに対する評価が高く[27][28][29][30]、制球力にも優れる[31]

2018年春季キャンプではサイドスローへの転向を試みている。香田勲男一軍投手コーチ(当時)から中継ぎ投手としての能力を買われていたことを踏まえての試みだったが、フォームの定着に至らなかったため、短期間でオーバースローに戻している[32][33]

人物[編集]

橿原コンドル時代にバッテリーを組んでいた捕手は、柳ヶ浦高等学校進学後の2009年に野球部のバス横転事故で急逝[10]。島本は、虎風荘(阪神の合宿所)への入寮の際に、その捕手がユニフォーム姿で映った写真を自室に持ち込んだ[34]

自身と同じ奈良県の生まれで、現役時代に高卒の左腕投手として阪神などで活躍した江夏豊から高く評価されており、2015年の春季キャンプでは臨時コーチを務めた江夏から直々に指導を受けた他、キャンプ終了後には「江夏賞」を授与された。副賞としてプレゼントされたオーダーメイドグラブは、試合で使うことを想定してのものであったが、江夏への強い敬意から使わずに大切に保管しているという[35]

投手としては足が速いことから、2015年9月12日の対広島戦(甲子園)には、同点で迎えた12回裏2死の局面でマウロ・ゴメスの代走として出場した。この回には、2死無走者から5番打者のゴメスが単打で出塁したため、当時の一軍監督・和田豊が6番に入れていた投手・安藤優也の代打に田上健一を起用。この起用によってベンチ登録の野手を使い切ったことから、救援要員として待機していた島本を、田上への2球目に入る直前で代走に送った。結局、田上が三塁へのゴロを放ったため、一塁走者の島本は二塁でフォースアウト。試合は2-2の引き分けに終わった。なお、阪神に在籍した投手では、嶋田哲也1996年)と西村憲(2011年)が島本と同じ状況で一軍公式戦の代走に起用されている[36]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2015 阪神 18 0 0 0 0 0 0 0 1 ---- 93 18.1 31 6 8 0 1 12 0 0 19 18 8.84 2.13
2016 23 0 0 0 0 1 0 0 2 1.000 105 24.2 23 2 10 1 0 24 1 0 10 10 3.65 1.34
2018 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 8 2.0 2 0 2 0 0 2 2 0 2 2 9.00 2.00
NPB:3年 42 0 0 0 0 1 0 0 3 1.000 206 45.0 56 8 20 1 1 38 3 0 31 30 6.00 1.69
  • 2018年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]



投手












2015 阪神 8 2 5 0 0 1.000
2016 23 3 2 0 0 1.000
2018 1 0 0 0 0 .---
通算 42 5 7 0 0 1.000
  • 2018年度シーズン終了時

記録[編集]

投手記録
その他の記録
  • 1球勝利:2016年7月24日、対広島東洋カープ18回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、5回裏2死に2番手で救援登板、丸佳浩を一ゴロ

背番号[編集]

  • 126 (2011年 - 2014年)
  • 69 (2015年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 阪神 - 契約更改 - プロ野球”. 日刊スポーツ. 2019年1月25日閲覧。
  2. ^ 阪神、島本と仮契約&加藤13日テスト サンケイスポーツ、2010年11月12日。
  3. ^ 2013年度 自由契約選手(育成選手) 日本野球機構オフィシャルサイト 2013年11月1日閲覧。
  4. ^ 育成選手との再契約について 阪神球団公式サイト 2013年12月11日閲覧。
  5. ^ 2014年度 自由契約選手(育成選手) 日本野球機構オフィシャルサイト 2014年11月1日閲覧。
  6. ^ 島本浩也選手が契約更改 阪神タイガース公式サイト 2014年11月21日
  7. ^ 阪神・島本、背番号「69」で支配下契約「結果求められる」 SANSPO.COM 2014年11月22日
  8. ^ a b 島本浩也投手が育成から支配下へ タイガースの高卒投手では初!(岡本育子) Yahoo!ニュース 2014年11月25日
  9. ^ “江夏賞男”阪神・島本 開幕一軍切符ゲット オープン戦防御率0.00 スポーツニッポン 2015年3月15日
  10. ^ a b バス事故で亡くなった仲間のためにも…阪神・島本プロ初登板2回0封スポーツニッポン 2015年4月3日
  11. ^ 島本でかした!虎育成入団初ホールド 緊張感を力に6回3人斬り スポーツニッポン 2015年4月17日
  12. ^ 阪神島本300万円増 ビルドアップで150キロ宣言 スポーツニッポン 2015年4月17日
  13. ^ ローテ候補の阪神島本がリタイア2号…左足に痛み日刊スポーツ 2016年2月4日
  14. ^ 阪神島本6番手に急浮上 金本監督「グイッと来た」日刊スポーツ 2016年3月11日
  15. ^ 掛布二軍監督「この1敗重く」島本6失点に13残塁日刊スポーツ 2016年3月15日
  16. ^ 阪神 岩崎、島本を1軍登録、石崎、陽川を抹消日刊スポーツ 2016年5月21日
  17. ^ 6年目の阪神・島本が1球で初勝利「全力でいった。うれしい」スポーツニッポン 2016年7月24日
  18. ^ 島本が1球でプロ初勝利 育成出身の左腕デイリースポーツ 2016年7月24日
  19. ^ 育成出身の阪神・島本が球団初の1球初勝利
  20. ^ 阪神島本「超していきたい」大先輩能見の背中追う - プロ野球 : 日刊スポーツ”. nikkansports.com (2019年1月15日). 2019年2月4日閲覧。
  21. ^ 阪神・島本、100万円ダウンで契約更改「開幕一軍に入りたい」” (日本語). SANSPO.COM(サンスポ) (2018年11月14日). 2019年2月4日閲覧。
  22. ^ 島本浩也「信じる」用兵が開花/矢野監督・再生編3 日刊スポーツ 2019年7月14日
  23. ^ 阪神 島本、プロ初S 前月セーブ機会失敗の借り返す3人斬りスポーツニッポン 2019年6月6日
  24. ^ https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2019/04/25/kiji/20190425s00001173082000c.html
  25. ^ 島本ラーメン食べまくりで球速アップや デイリースポーツ online、2015年1月18日。
  26. ^ 島本さえた“大野”シュート 中継ぎ候補へ”. 日刊スポーツ (2015年2月20日). 2015年3月25日閲覧。
  27. ^ 阪神ファームの投げっぷりNo.1左腕・島本浩也投手が公式戦初先発で好投!(岡本育子) Yahoo!ニュース 2014年5月16日
  28. ^ 江夏・大野“W豊”が絶賛 阪神左腕・島本をセの007が警戒 日刊ゲンダイDIGITAL 2015年3月17日
  29. ^ 阪神島本 ハマの番長から果たし状「投げ合いたい」 - 野球 日刊スポーツ 2015年12月27日
  30. ^ 2人のユタカ期待、阪神島本よ「令和のたむじい」に - 虎だ虎だ虎になれ! - 野球コラム 日刊スポーツ 2019年4月24日
  31. ^ 高校でかなわなかった甲子園、プロで 阪神が成美高・島本浩也投手を育成指名 両丹日日新聞、2010年10月29日。
  32. ^ 悩み抜いた1カ月、阪神・島本浩也“幻のサイドスロー”の舞台裏 文春オンライン 2018年3月27日
  33. ^ 阪神・島本 9年目の来季こそ!矢野新監督も期待の中継ぎ左腕、秋から勝負かけるスポーツニッポン、2018年10月27日
  34. ^ 阪神・育成2位島本、亡き友に誓う甲子園登板 写真持ち入寮 サンケイスポーツ、2011年1月7日(アーカイブ)
  35. ^ 5年目左腕・島本に“江夏賞”!特注グラブ手渡し、寮に飾る予定 阪神タイガース公式サイト (2014年11月21日) 2014年12月2日閲覧。
  36. ^ 阪神同率首位 和田監督総力起用、投手島本を代走に日刊スポーツ 2015年9月13日

関連項目[編集]