島村盛実

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
島村盛実
時代 戦国時代
生誕 永正6年(1509年
死没 永禄2年(1559年
改名 盛実→貫阿弥/観阿弥(号)
別名 宗政
官位 豊後守
主君 浦上則宗村宗
氏族 島村氏
父母 父:島村貴則

島村 盛実(しまむら もりざね)は、戦国時代武将浦上氏の家臣。備前国高取山城主。

略歴[編集]

天文3年(1534年)、浦上家中で険悪な仲だった宇喜多能家砥石城に奇襲し自害に追いつめた[1]。その後は浦上家中にて権勢を大いに振るったが、能家の孫・宇喜多直家によって永禄2年(1559年)に謀反の容疑をかけられて暗殺された。

脚注[編集]

  1. ^ 『『史料綜覧』第9編之909 708頁

出典[編集]

  • 『備前軍記』
  • 『後奈良天皇紀』(自天文三年五月至同年七月)