島津貴品

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島津貴品
時代 江戸時代
生誕 宝暦7年12月14日1758年1月23日
死没 文化13年5月7日1816年6月2日
改名 久典(初名)→貴品
別名 又八郎、又四郎、長門、玄蕃(通称
墓所 鹿児島県垂水市田神の垂水島津家墓所(心翁寺跡)
主君 島津重豪斉宣斉興
薩摩藩
氏族 日置島津家→垂水島津家
父母 父:島津久暢、母:島津貴儔の娘、養父:島津貴澄
兄弟 貴品、久知
正室:島津貴澄の娘
貴柄

島津 貴品(しまづ たかしな)は、江戸時代後期の薩摩藩士。大隅郡垂水[1]領主。藩主一門垂水島津家11代当主。

経歴[編集]

宝暦7年(1758年)12月14日、日置島津久暢の長男として生まれる。母は垂水島津家9代貴儔の娘。安永3年(1774年)1月、藩主島津重豪の命で貴澄の養子となり、久典(初名)を貴品に改名する。

享和3年(1803年)12月、貴澄が隠居して家督を相続する。文化5年(1808年)1月、使者を遣わして貴澄の遺髪を高野山に納めた。

文化7年(1810年)6月に、幕府天文方伊能忠敬が領内に測量に訪れたので、家臣に測量の支援をさせて協力した。

文化9年(1812年)に刊行された貴澄の漢詩集『廃簏詩稿(はいろくしこう)』の付録に貴品や貴明(貴柄)の挽詩集が収録されている。

文化13年(1816年)5月7日、死去。享年60。

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 『垂水市史』第1巻 垂水市史編集委員会、1973年

参考サイト[編集]