島津隼彦

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島津 隼彦(しまづ はやひこ、明治12年(1879年8月31日 - 昭和11年(1936年6月5日)は、戦前日本の華族男爵)。島津忠欽の次男で、母は島津忠冬の長女・巖。先妻は北郷久政(島津久本の子)の長女。後妻は戸沢正実の娘・よし。

略歴[編集]

明治29年(1896年)9月に今和泉島津家の家督を父忠欽から譲られた。忠欽は今和泉家の籍に隼彦を残し、巌や隼彦の兄の雄五郎など他の子たち共々、祖父久光の家である玉里島津家の分家を新たに立て、また同年12月に男爵を授与された。明治33年(1900年)、隼彦にも男爵を授与された。貴族院議員、第百四十七銀行の取締役を務める。

栄典[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『官報』号外「授爵叙任及辞令」1900年5月9日。

出典[編集]

  • 『角川日本姓氏歴史人物大辞典 鹿児島県姓氏家系大辞典』(鹿児島県姓氏家系大辞典編纂委員会、角川書店1994年
日本の爵位
先代:
叙爵
男爵
(今和泉)島津家初代
1900年 - 1936年
次代:
島津忠親