川島信太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

川島 信太郎(かわしま のぶたろう、1880年明治13年)3月14日[1] - 1957年昭和32年)8月7日[2])は、日本外交官。駐ギリシャ公使

経歴[編集]

京都府出身。1907年(明治40年)に東京高等商業学校専攻科(現在の一橋大学)を卒業し、外交官及領事官試験に合格した[1]。領事官補、外交官補、大使館三等書記官、同二等書記官、外務事務官書記官、同参事官を歴任[1]1924年大正13年)、ハンブルク総領事に就任した[1]1927年(昭和2年)、駐ギリシャ公使に任命され、駐アルバニア公使も兼ねた。

退官後は東京商科大学講師を経て、日本学術振興会委員となった[3]

著書[編集]

  • 『非常時に於ける本邦貿易国策』(大阪貿易研究会、1936年)
  • 『対大陸経済関係強化の沿革及其の解決策』(日本外交協会、1938年)
  • 『本邦通商政策条約史概論』(巌松堂、1941年)

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 大衆人事録 1930.
  2. ^ 戦前期官僚制研究会編『戦前期日本官僚制の制度・組織・人事』東京大学出版会、1981年。
  3. ^ 人事興信録 第14版(上) 1943.

参考文献[編集]

  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第3版』帝国秘密探偵社、1930年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第14版(上)』人事興信所、1943年。