川崎祭

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川崎祭(かわさきまつり)とは2003年、当時中日ドラゴンズに所属していた川崎憲次郎投手オールスターゲームのファン投票で1位にするためネット上で繰り広げられた大量組織票工作である。

2ちゃんねるでの呼びかけが発端でこの騒動が起こった[1]

概要[編集]

川崎は2000年オフにFA宣言をし、ヤクルトスワローズから中日ドラゴンズに移籍、年俸2億円で3年6億円(4年契約で4年目は出来高制)という大型の契約を結んでいた。

しかし、中日移籍後の2年間は度重なる右肩痛で公式戦での登板がなく、ウエスタン・リーグ二軍)で数試合登板したのみであった[2]

中日移籍3年目となる2003年、4月25日に2ちゃんねるのプロ野球板において、「川崎憲次郎をオールスターファン投票1位にしよう。」というスレッドが立った。中日への移籍以降、高額年俸に見合わない成績であった川崎にセ・リーグの先発投手部門のファン投票で1位を獲得させる投票が行われた[1]。5月20日の時点で、オールスター運営委員会では川崎へ多数の票が集まったことに違和感を持って調査を開始し、ある1台のパソコンからわずか半日で1000票以上の大量投票がされていることが分かったという[2]

結局、川崎は、セントラル・リーグ先発投手部門で最多得票を得たが[3]、選出を辞退し、2位の井川慶が繰上げで選出された[4]。出場を辞退、という資料もあるが[5]、扱いは選出の辞退である[3]

川崎は、この件について「正直言って困惑している。中日のために何も働いていない自分への叱咤激励ともとれるが、僕にとっては嫌がらせ。情けない気持ち」と述べている[2]

その他[編集]

2003年のその他の2ちゃんねるの投票運動として、セ・リーグの捕手にカツノリ(父親が野村克也という親の七光りへの揶揄)や鈴衛佑規(2ちゃんねるで人気を博していた[6])、一塁手にトレイ・ムーア(本来のポジションは投手だが、打撃がよく打者としての出場を期待して)、パ・リーグのDHに松坂大輔(本来のポジションは投手だが、打撃力も高く、代打で登場して打点を挙げたこともある)、捕手に福澤洋一(この年限りでの引退が濃厚であったため)、三塁手に小笠原道大中村紀洋の1位阻止)、遊撃手(ショート)にリック・ショート(名前とポジションの名が同じ事から駄洒落)などが呼びかけられていた。結果としてセ・リーグの一塁手でムーアは3位になり、パ・リーグの三塁手には小笠原が2位の中村を抑えて1位となった。

類似事件[編集]

川崎祭以後も、同様の大量投票による事件が発生している。インターネット投票における、システム上の技術的対策等が現在でも課題となっている。

  • 2010年5月9日:東京競馬場最終レース(JRAプレミアムレース)の「東京スマイルプレミアム」
    当日行われたNHKマイルカップの過去の優勝馬の中から、上記レース名のサブタイトルとなるメモリアル馬を決めるインターネット投票が行われた。しかし、タイキフォーチュンウインクリューガー等、NHKマイルカップ後に成績不振に終わった馬が大量の票を集める結果となった[7]。このときは、投票中止等の措置は行われず、結果トップ得票となったタイキフォーチュンが選出され、「東京スマイルプレミアム(タイキフォーチュンメモリアル)」としてレースが行われた。但し、この結果を受け、以後の投票では「なお、このアンケートは、広くお客様にご投票いただきレース名を決定するという趣旨から、お一人様1回限りの投票にご協力をお願いいたします。また、同一の方による複数の投票と思われるものにつきましては、無効とさせていただく場合がありますので、あらかじめご了承ください。」との注意書きが追加され、それ以降は同様の問題は発生していない。
  • 2011年1月:ドミノ・ピザの「The 25th Anniversary イケメンドミノ25コンテスト
    ドミノ・ピザで勤務する25名からイケメンを決めるインターネット投票が行われた。しかし、特定の2人に大量の票が集まる結果となり、投票システムの不備を原因に、コンテスト自体が中止になる問題となった。

注・出典[編集]

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  1. ^ a b SPA! 2012年5月22日号 ニュースディープスロート
  2. ^ a b c 【6月17日】2003年 球宴中間発表 登板なしの川崎憲次郎 ファン投票1位のナゾ”. Sponichi Annex (2012年6月17日). 2018年8月5日閲覧。
  3. ^ a b ファン投票結果 2003サンヨーオールスターゲーム”. 日本野球機構. 2018年8月4日閲覧。
  4. ^ 過去には登板ゼロで1位選出も…03年川崎は辞退”. Sponichi Annex (2017年5月23日). 2018年8月4日閲覧。
  5. ^ “[https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/npb/2018/01/30/fa/index_3.php 川崎憲次郎が明かす、ドラゴンズFA移籍後の 「つらすぎる4年間」]”. web Sportiva (2018年1月30日). 2018年8月4日閲覧。
  6. ^ 一軍の試合にほとんど出場しない(2006年に引退するまでに2試合)にも関わらず戦力外通告を受けないことからであった。
  7. ^ 「東京スマイルプレミアム」のレース名が決定! - JRAホームページ、2010年4月19日

関連項目[編集]