川端崇義

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川端 崇義
オリックス・バファローズ コーチ #96
Kawabatatakayoshi 20160320.JPG
2016年3月20日 阪神鳴尾浜球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 静岡県焼津市
生年月日 (1985-02-04) 1985年2月4日(33歳)
身長
体重
176 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2011年 ドラフト8位
初出場 2012年3月30日
最終出場 2017年6月14日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • オリックス・バファローズ (2018 - )

川端 崇義(かわばた たかよし、1985年2月4日 - )は、静岡県焼津市出身の元プロ野球選手外野手)。右投右打。2018年からはオリックス・バファローズの二軍育成コーチを務める[1]

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学3年生の時から野球をスタート。同郷の同級生である牧田和久増井浩俊(いずれも投手)とは、後にオリックスの外野手として、パシフィック・リーグ(パ・リーグ)の公式戦で相まみえている[2] [3]

東海大学第一中学校(現在の東海大学付属静岡翔洋中学校)時代は「1番・捕手」で、3年時に全国大会ベスト8を経験。東海大相模高校への進学後は、4番打者を任された。3年夏の選手権神奈川大会で決勝まで進んだが、在学中には春夏ともに、阪神甲子園球場での全国大会に出場できなかった。ちなみに、当時の同級生であった原拓也[4]とは、後にオリックスでもチームメイトになっている。

高校卒業後に国際武道大学へ進学すると、千葉県大学野球リーグの公式戦で、2年時の秋季と3年時の秋季に首位打者を獲得。リーグのベストナインに4回選ばれたほか、全日本大学野球選手権大会にも出場した。4年時には、大学日本代表として、第35回日米大学野球選手権大会第3回世界大学野球選手権大会にも出場している。

大学卒業後に入社したJR東日本では、1年目の2007年春から外野レギュラーの一角を確保。2年目の2008年には、第35回社会人野球日本選手権大会の優秀選手や、社会人ベストナインに選ばれた。5年目の2011年には、第82回都市対抗野球大会での優勝を経験したほか、第39回IBAFワールドカップ日本代表にも選ばれた。在籍中のチームメイトに、十亀剣縞田拓弥吉田一将戸田亮などがいる。

2011年のNPBドラフト会議で、オリックス・バファローズから8巡目で指名。契約金2,000万円、年俸800万円(金額は推定)という条件で入団した。この会議では、十亀が埼玉西武ライオンズから1巡目、縞田がオリックスから2巡目で指名。縞田とは、オリックスでもチームメイトになった。ちなみに、オリックスでは翌年以降も、JR東日本から戸田(2013年)・吉田(2014年)・西野真弘2015年)を相次いで入団させている。

プロ入り後[編集]

2012年、新人選手から投手海田智行と共に開幕一軍入りを果たすと、3月30日福岡ソフトバンクホークスとの開幕戦(福岡Yahoo! JAPANドーム)8回裏から、右翼手として一軍デビュー。このカードを終えた後にいったん出場選手登録を抹消された。抹消後に11試合出場したウエスタン・リーグ公式戦で打率.295、10打点と好調だったことや、一軍で正右翼手が決まらなかったことから、4月21日の対北海道日本ハムファイターズ5回戦(ほっともっとフィールド神戸)で「9番・右翼手」としてスタメンで一軍に復帰。この試合で、一軍公式戦での初安打を放った。後にT-岡田が左太もも裏の肉離れで戦線を離れたことから、岡田に代わる左翼手としてレギュラーに定着。セ・パ交流戦では、5月19日の対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)で、11回表に満塁の局面からの打席で走者一掃の決勝適時二塁打を放ったことによって、チームに交流戦7試合目での初勝利をもたらした[5]。さらに、5月22日の対阪神タイガース戦(京セラドーム大阪)では、一軍公式戦での初本塁打をランディ・メッセンジャーからの満塁本塁打で記録した。オリックスの新人選手による一軍公式戦での初本塁打が満塁本塁打であった事例は、阪急ブレーブス時代の1956年4月11日に投手の米田哲也が記録して以来56年振り[6]。オリックスではこの試合で、1番打者としてスタメンに起用された入団2年目の宮崎祐樹も1回裏に一軍公式戦初本塁打を先頭打者本塁打で記録したことから、「同じチームで2人の選手が同じ試合の初回先頭打者本塁打と満塁本塁打によって一軍公式戦初本塁打を記録」というNPB史上3例目のチーム記録も達成した[7]。川端自体は、6月に月間打率を.140まで下げたものの、7月には.371、8月には.340と復調。8月18日の対ソフトバンク戦から9月4日の対千葉ロッテマリーンズ戦(京セラドーム)まで15試合連続安打を記録するとともに、9月3日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(クリネックススタジアム宮城)3回表の安打で、一軍公式戦での安打数が通算100本に到達した。NPBがプロ野球ドラフト会議を導入した1965年以降に新人扱いで阪急・オリックスへ入団した野手で、入団1年目に一軍公式戦でシーズン100安打を記録した事例は、当時のチームメイトで2007年入団の大引啓次以来3人目であった[8]。9・10月には月間打率が.176にとどまるなど大幅に調子を落としたが、シーズン全体では、一軍公式戦125試合の出場でパ・リーグの最終規定打席に到達。阪急時代の1985年熊野輝光が樹立した新人野手としての一軍公式戦シーズン通算安打数の記録(114安打)に並んだほか、打率.266、2本塁打、6盗塁という成績を残すなど、最下位に低迷するチームにあって孤軍奮闘の働きを見せた。

2013年4月29日の対北海道日本ハムファイターズ戦(札幌ドーム)と5月9日の対ソフトバンク戦(ほっともっとフィールド神戸[9])で頭部死球を受けた影響で、極度の打撃不振に陥った[9]。6月には出場選手登録を2度抹消[9]されたが、シーズン終盤の9月4日から一軍に復帰。一軍公式戦には74試合の出場で、前年より多い7盗塁を記録したものの、打率.244、1本塁打、16打点という成績に終わった[9]

2014年、一軍公式戦65試合の出場ながら、打率.288、2本塁打と復調。6盗塁を記録したほか、夏場以降の公式戦ではスタメン起用の機会が増えた。

2015年、一軍公式戦56試合に出場。一軍で初めての三塁打(2本)を記録したが、本塁打を放てず、打率も.239にとどまった。

2016年7月31日の対西武戦(京セラドーム大阪)でプロ入り後初めてのサヨナラ安打を放ったが、シーズン全体では、一軍公式戦28試合の出場で打率.194と低迷した。

2017年、一軍公式戦では、18試合の出場(通算28打席)で打率.214を記録。シーズン終了後の10月28日に球団から戦力外通告を受けた。もっとも球団では、現役選手としての川端の実績や、普段の練習態度などをかねてから高く評価。このような評価を基に川端へ二軍育成コーチの就任を要請した[10]ところ、川端自身が受諾したため、現役からの引退が決まった。

現役引退後[編集]

2017年10月29日に、オリックスの二軍育成コーチへ就任することが、球団から正式に発表された[1]

選手としての特徴・人物[編集]

現役時代には、パンチ力のある打撃や、50mで最速5秒97を記録した俊足を武器に活躍した[11]

特技はけん玉。オリックスの選手時代には、「集中力が高まる」との理由から、リラクゼーションを兼ねてけん玉を自主トレーニングに取り入れていた[12]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2012 オリックス 125 484 429 31 114 16 0 2 136 27 6 3 24 0 22 1 9 59 8 .266 .315 .317 .632
2013 74 257 217 28 53 12 0 1 68 16 7 1 16 1 18 0 5 34 2 .244 .315 .313 .629
2014 65 184 156 23 45 7 0 2 58 16 6 2 7 2 12 0 7 25 5 .288 .362 .372 .733
2015 56 141 134 9 32 4 2 0 40 7 1 0 0 1 5 0 1 17 3 .239 .270 .299 .568
2016 28 71 62 3 12 2 0 0 14 5 1 0 7 1 0 0 1 11 1 .194 .203 .226 .429
2017 18 28 28 4 6 2 0 0 8 2 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .214 .214 .286 .500
NPB:6年 366 1165 1026 98 262 43 2 5 324 73 21 6 54 5 57 1 23 148 19 .255 .308 .316 .624

年度別守備成績[編集]



外野












2012 オリックス 122 204 4 4 1 .981
2013 64 74 3 1 2 .987
2014 56 67 1 0 0 1.000
2015 46 70 1 1 0 .986
2016 22 22 0 0 0 1.000
2017 16 14 1 1 0 .938
通算 326 451 10 7 3 .985

記録[編集]

背番号[編集]

  • 46 (2012年 - )

脚注[編集]

  1. ^ a b 新コーチングスタッフ決定のお知らせ”. オリックス・バファローズ (2017年10月29日). 2017年10月29日閲覧。
  2. ^ 野球 : オリックス8位・川端崇義「26歳、遅咲きルーキー」 ~ルーキーたちの軌跡No.6~”. スポーツコミュニケーションズ (2012年1月31日). 2012年2月10日閲覧。
  3. ^ オリドラ8川端「すぐにアピールしたい」”. 日刊スポーツ新聞社 (2011年11月15日). 2012年2月10日閲覧。
  4. ^ 第44回 突撃インタビュー「坂下真太・石井大輔」~ いざ日本選手権へ ~”. JX-ENEOS野球部 (2010年). 2011年12月9日閲覧。
  5. ^ 27歳ルーキー川端連敗とめた!11回交流戦初星打…オリックス”. 大阪報知 (2012年5月20日). 2012年5月22日閲覧。
  6. ^ “【オリックス】56年ぶり!新人川端が満弾1号”. 日刊スポーツ. (2012年5月22日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20120522-955339.html 2012年5月24日閲覧。 
  7. ^ “2年目・宮崎が史上初快挙 初安打のプロ1号がプレーボール弾”. スポニチアネックス. (2012年9月30日). オリジナル2012年10月4日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20121004034613/http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/09/30/kiji/K20120930004228450.html 2012年9月30日閲覧。 
  8. ^ “ドラフト8位の川端 100安打マーク 新人王候補に浮上”. スポニチアネックス. (2012年9月4日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/09/04/kiji/K20120904004039280.html 2012年10月9日閲覧。 
  9. ^ a b c d 週刊ベースボール2013年11月11日号 P53
  10. ^ オリックスが川端、岩崎、佐野の3選手に戦力外通告”. 日刊スポーツ (2017年10月28日). 2017年10月28日閲覧。
  11. ^ 第82回都市対抗野球:決勝 JR東、悲願の初V(その1)/東京”. 毎日.jp (2011年11月2日). 2011年11月14日閲覧。
  12. ^ オリのヤッターマンよ…川端けん玉名人”. デイリースポーツonline (2012年1月10日). 2012年1月14日閲覧。

関連項目[編集]