工藤統太郎

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工藤 統太郎(くどう とうたろう、1959年 - )は、テレビディレクター、プロデューサー。劇団、芸能学校「アクターズスタジオジャパン」を主宰、人材派遣・紹介も。

経歴[編集]

1959年、北海道室蘭市舟見町生まれ。本人は西海岸でと言っているが、西側の港町で。昆虫と魚、動植物、星に興味が深く図鑑を携帯する文系の少年であった。また4歳より音楽教室へ通いピアノを中学まで習っていた。

小学校高学年で転校をしたのを機に、それまでの内向的性格を変えようといきなり番長宣言をして学級追放になったのが最初の挫折らしい。

高校、大学とスポーツ(野球、卓球、ハンドボール、水泳)三昧で過ごし、映画俳優に憧れて入校した芸能学校(NACタレントセンター)で出会った仲間と劇団を立ち上げ(札幌アーベント倶楽部、のちに銀河流星団)、自らは広告代理店(三幸エージェンシー)に勤務しながら舞台やローカルテレビ番組、ラジオのパーソナリティをやっていた。北海道放送『テレビ母親教室』FM北海道『ジッピングジップ』北海道テレビ『気分は天気730』北海道放送『カンガルーの気持ち』北海道放送『朝までメロン』など。

舞台『グリース』『いけない先生』『リトルショップオブほら貝』『スターダストメモリー』『ボクサー』『悪魔でもゲーム』『おばけのチャチャチャ』『日本よいとこ摩訶不思議』『MOON』『MARIA』『ストリートオブファイヤー』『MOONデラックス』

25歳で独立、「玉ネギーホール」というライブやタップダンスのショーを見せるパブを経営。その頃、倉本聰演出の舞台『昨日、悲別で』へも出演する。

後に「バレーヌホール」でジャズピアニストの福井良とタップで共演したり、「バナナムーン(加森観光)」「あんみつ姫(ワールド実業)」などのプロデュースを手掛けた。

28歳の時に株式会社フェイムを設立、代表取締役に就任して、北海道での映画、ドラマ、CMの制作やキャスティングに携わる。映画『ガメラ2』『いつかギラギラする日』『満月』『キッチン』『GTO』『鉄道員』。テレビ『北の国から』『逢いたいときにあなたはいない』などである。

またこの時期に香港映画のキャスティングにも携わっている。香港映画『華新一族』(日本未公開)『水商売の花嫁』(日本未公開)など。

後に教育機関として「アクターズスタジオ」を設立。大手芸能プロダクションと提携して、多くの人材を輩出するようになる。三浦春馬(アミューズ)西島隆弘(エイベックス)八乙女光(ジャニーズ事務所)唯月風花(ホリプロ)w-inds. 緒方龍一、千葉亮平(ライジングプロダクション)大政絢(スターダストプロモーション)三浦透子(ユマニテ)野替愁平(劇団エグザイル)など。『アクターズスタジオ』は旭川、函館、恵庭、青森、仙台、東京、つくば、金沢、大阪、神戸、徳島、福岡と広がり、自らも設立間もないテレビ北海道でプロデューサーとして『バラライカGO!GO!』『アイドル発掘〜金のたまご〜』などを手掛けた。

また「BACKEN RECORD」という全国規模のスタジオ生ライブをzeppSAPPORO、zeppSENDAIなどで開催して、多くのプロダクション、レコード会社がスカウトに駆け付けるシステムを構築した。

2009年、新たに「アクターズスタジオネットワーク」を設立して、札幌を拠点に個人レッスンを主体としたレッスン体系をつくっていく。また2015年より2年間、アメリカ、ロサンゼルスのダンススタジオ「ミレニアムダンスコンプレックス」の日本法人「ミレニアムジャパン」の社長に就任した。

2017年に中国湖南省のミスユニバース大会名誉顧問となり、大会の運営に携わる。

2019年より『就職活動総合研究所』の所長となり、外国人の就労支援と人材派遣、また各種ビザの研究をしている。