市ノ坪 (川崎市)

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市ノ坪
—  大字  —
市ノ坪の位置(神奈川県内)
市ノ坪
市ノ坪
市ノ坪の位置
座標: 北緯35度33分53.02秒 東経139度40分4.04秒 / 北緯35.5647278度 東経139.6677889度 / 35.5647278; 139.6677889
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Kawasaki, Kanagawa.svg 川崎市
中原区
面積[1]
 - 計 0.452km2 (0.2mi2)
人口 (2017年(平成29年)12月31日現在)[2]
 - 計 10,933人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 211-0016[3]
市外局番 044 (川崎MA)[4]
ナンバープレート 川崎

市ノ坪(いちのつぼ)は、神奈川県川崎市中原区大字[5]。2011年11月21日時点で、住居表示は施行されていない[6]郵便番号は211-0016[3]。面積は全域で45.22 haである[1]

地理[編集]

中原区のほぼ中央に位置し、二ヶ領用水の左岸に細長く広がっている[7]。一帯は住宅地や工場となっている[8]国道409号府中街道)が二ヶ領用水とほぼ並行する形で域内を縦断するほか、東急東横線綱島街道東海道新幹線横須賀線など多くの交通路が当地を横断している。

市ノ坪は北東端で小杉町新丸子東中丸子・北谷町・田尻町と、南端で幸区鹿島田と、南西端で二ヶ領用水を挟んで苅宿木月住吉町・今井南町と接する(特記のない町域は中原区)。

地価[編集]

住宅地の地価は、2014年平成26年)1月1日公示地価によれば、市ノ坪字田向464番59の地点で28万5000円/m2となっている。[9]

歴史[編集]

条里制の遺構と考えられる地名を持つ[7]当地であるが、当地の古い歴史は残っておらず、かつて鹿島田と一村だったことだけを「新編武蔵風土記稿」が伝えている[10]

江戸時代の当地は旗本の内藤氏領だったものが、元禄時点では天領となっており[5]、さらに徳川家継の御仏殿料として増上寺に寄進され[7]、幕末まで増上寺領であった[5]。村は、正保年間の「武蔵田園簿」で200、「元禄郷帳」では302石4斗あまり、「天保郷帳」や幕末の「旧高旧領取調帳」では299石3斗あまりというように推移していた[7]

水利としては二ヶ領用水や、その分水である[11]市ノ坪川[10]という水路が使われていた。また、多摩川の氾濫も、江戸時代には5年に1度ほど起きていた[12]。農産品としては花づくりが行われ、池上幸豊がその隆盛を「与楽亭集」に書き残している[7]ほか、天明の大飢饉以降にはヒエジュズダマエンドウなども植えられ[12]、農閑期にはしめ飾り作りも行われた[10]

明治に入ると、花づくりがさらに広まり、60戸あった農家のほとんどで行われるようになった[12]。さらに、大正時代にはフレームを使うようになり、昭和には冷蔵庫を用いた促成栽培が開発されるなど、技術的に発展を遂げていった[13]。また当地は、行政上住吉村中原町川崎市と推移していき、住吉村時代には当地に小学校も作られたが、中原町になるのと前後して廃止となった[14]

当地には大正末期以降に多数の鉄道が通ったため、土地や水路、神社の参道までが分断されていった[15]。そして、戦時中には当地にも軍需工場が作られたほか、食糧増産を目的として花や、など果樹の栽培も中断することとなった[16]

戦後には花の栽培も一時復活したが、周囲で急激に宅地化が進んだこと、また交通の発達で遠方からでも出荷できるようになったこともあり、衰退の道をたどっていった[13]。一方、しめ飾り作りは平成の世にも続けられている[10]

地名の由来[編集]

条里制で36に割られた区画のうちの「一ノ坪」に由来するものと考えられている[7]。ただ、条里遺構は判然としない[10]ほか、通常の6里四方より区画が小さかったとする見方もある[12]

沿革[編集]

小字[編集]

当地には、地租改正の際に[7]外屋敷[1~138番地]・中村通[139~154番地]・道内(みちうえ)[155~356番地]・広町[357~396番地]・田向[397~506番地]・下橋場[507~578番地]・新田[579~647番地]・平間境[652~721番地]という8つの小字が設定された[17]

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

大字 世帯数 人口
市ノ坪 5,419世帯 10,933人

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[18][19]

番地 小学校 中学校
22~283番
373~376番
447~451番
川崎市立東住吉小学校 川崎市立住吉中学校
284~371番
377~407番
487~579番
川崎市立苅宿小学校
その他 川崎市立玉川小学校 川崎市立玉川中学校

交通[編集]

鉄道[編集]

当地を通過する鉄道はいくつかあるが、いずれも当地に駅は現存しない。

路線バス[編集]

東急バスが、府中街道を経由して当地と川崎駅武蔵小杉駅溝の口駅を結ぶ路線を運行している。

道路[編集]

施設[編集]

教育[編集]

川崎市立橘高等学校川崎市立玉川中学校の敷地の一部が市ノ坪にかかるが、当地を住所とする学校は存在しない。

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 町丁別面積(総務省統計局「地図で見る統計(統計GIS)」の数値)”. 川崎市 (2015年10月26日). 2018年2月15日閲覧。
  2. ^ a b 町丁別世帯数・人口”. 川崎市 (2018年1月25日). 2018年2月15日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年2月15日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年2月15日閲覧。
  5. ^ a b c 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』、p.116。
  6. ^ 区別町名一覧表(中原区)”. 川崎市 (2016年2月16日). 2016年6月15日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2017年8月2日閲覧。
  7. ^ a b c d e f g h i 川崎地名辞典(上)』、p.211。
  8. ^ 川崎の町名』、p.152。
  9. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  10. ^ a b c d e 川崎の町名』、p.151。
  11. ^ 川崎地名辞典(上)』、p.214。
  12. ^ a b c d e 川崎 新中原誌』、p.241。
  13. ^ a b 川崎 新中原誌』、p.242。
  14. ^ a b 川崎 新中原誌』、pp.243-244。
  15. ^ 川崎の町名』、pp.151-152。
  16. ^ a b c d 川崎地名辞典(上)』、p.212。
  17. ^ 川崎地名辞典(上)』、p.213。
  18. ^ 川崎市立小学校の通学区域”. 川崎市 (2015年4月1日). 2018年2月15日閲覧。
  19. ^ 川崎市立中学校の通学区域”. 川崎市 (2015年4月1日). 2018年2月15日閲覧。

参考文献[編集]

  • 『川崎の町名』 日本地名研究所 編、川崎市、1995年
  • 『川崎地名辞典(上)』 日本地名研究所 編、川崎市、2004年
  • 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』 角川書店1984年
  • 新中原誌刊行会 『川崎 新中原誌』 有隣堂1977年