市中引き回し

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市中引き回し(『日本の礼儀と習慣のスケッチ』より、1867年出版)[1]

市中引き回し(しちゅうひきまわし)は、江戸時代の日本で行われたで、死刑囚を馬に乗せ、罪状を書いた捨札等と共に刑場まで公開で連行していく制度である。「市中引廻し」とも。

ここでは江戸で行われた市中引き回しについて述べる。

市中引き回しの概要[編集]

市中引き回しは死罪以上の判決を受けた罪人が受ける付加刑であり、単独の刑罰ではない。受刑者を馬や車に乗せ、罪状の告知文とともに市中を行進させることは、日本のみならずかつては世界で広く見られた。目的刑論の立場からは、受刑者は処刑されるだけでなく、処刑を公衆に見せる必要があるからである。

刑が確定した罪人は伝馬町牢屋敷から出された後、縄で縛られて馬に乗せられる。罪状が書かれた木の捨札や紙で出来た幟、刺股を持った非人身分の雑色が周りを固め、南北町奉行所の与力同心が検視役として罪人を挟む形で後ろを固め、江戸市中を辿った。時代劇等では罪人は鞍の付いていない裸馬に乗せられているが、実際は菰を敷いた鞍の上に乗せられていた。

市中引き回しの罪状例[編集]

  • 強盗殺人
  • 金品を伴った貰い子の遺棄
  • 雇い主の親類の殺害
  • 妻の不義密通
  • 名主の殺害
  • 地主の殺害
  • 毒薬の販売
  • 秤の不正
  • 枡の不正
  • 公私文書偽造
  • 身体障害者への強盗殺人
  • 既婚女性との不義密通
  • 舅、伯父、伯母、兄、姉の殺人
  • 戦闘に敗れ、捕らえられた大将など

[2]

市中引き回しの行程[編集]

江戸市中の引き回しには道のりが二つあった。

一つは伝馬町牢屋敷から江戸城の周りを一周し、牢屋敷に戻って処刑が行われる「江戸中引廻」。

もう一つは伝馬町牢屋敷から江戸城の外郭にある日本橋、赤坂御門(赤坂見附駅付近)、四谷御門(四ツ谷駅付近)、筋違橋(現在の万世橋近くにあった橋)、両国橋を巡り、当時の刑場である小塚原鈴ヶ森に至る「五ヶ所引廻」があり、各場所と刑場には罪人の氏名、年齢、罪状が書かれた捨札が掲げられていた(すなわち六つの捨て札が立つことになる)。

経路の選定は、五ヶ所引廻の方が最終的に受ける刑罰が厳しいため(牢屋敷で行われる刑罰は獄門が最高刑であり、当時の極刑である火刑や磔は刑場で行われた)、罪状の軽重で決められていたようである。

市中引き回しの実態[編集]

期間と場所が限定されるが、江戸大阪町奉行が管轄していた地域内では、以下の表のように市中引き回しが行われた[3]

場所 死刑執行総計 市中引き回しが付加された死刑 引回付加率(%)
獄門 火罪 死罪 総計
江戸 1862年(文久2年)~1865年(慶応元年)(1865(慶応元年)1~4月は除く) 427 5 16 10 50 81 19.0
大坂町奉行 1781年(天明2年)~1785年(天明5年) 230 1 30 6 19 56 24.3

表の引回付加率より、全死刑執行の内、市中引き回しがされた割合は2割前後であり、全ての死刑に付加されたわけではない。

市中引き回しに関する話[編集]

  • 市中引き回しは1日がかりの行程であり、それに加えて実行側も気分の良いものではないため、あまり進んで参加しようとする者(実行側)は居無かったと言われている。(五ヶ所引廻では約20kmに及ぶ)また死出の旅ということで罪人には金が渡され、求めに応じて道中酒を買わせたり、煙草を買わせたりした。しかし小石川の商家の前を通った時、路上の見物人の中に赤ん坊に授乳している婦人がおり「あの乳が飲みたい」と罪人が所望した。検視役人は婦人に命じてその願いを叶えてやったが、それ以後この制度は行われなくなった[4]
  • 市中引き回しは、知名度の高い罪人が処される時にはさながら庶民の見世物と化し、罪人が貧相な風体をしていると江戸市民の反感を買いかねないため、それを嫌った幕府は引き回しの時に調度を整えさせた。例えば鼠小僧は美しい着物を身に付け、薄化粧をして口紅まで注していたという。
  • 罪人にも同情すべき点がある場合、引き回しの時に使われた「幟あずけ」と呼ばれるを主人に下げ渡す、不文律の懲戒処分が行われた。捨てることは許されず、毎年一回罪人の命日に与力が「幟しらべ」と呼ばれる確認にやってきた。そうなるとその店にはもう誰も寄り付かず、大概の店は幟あずけをされると破産してしまったという[5]

引き回された人[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ CHAPTER VIII.CRIMES AND PUNISHMENTS."Sketches of Japanese manners and customs" Jacob Mortimer Wier Silver, 1867
  2. ^ 司法資料. 第221号 昭和11
  3. ^ 平松義郎 『近世刑事訴訟法の研究』 創文社、1960年1月1日、1056-1069頁。doi:10.11501/3033456ISBN 4423740117。 NCID BN02799356 
  4. ^ 石井(2013:56-57)
  5. ^ 名和(2012:156)

参考文献[編集]

関連項目[編集]