市村貞造

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市村貞造

市村 貞造(いちむら ていぞう、1886年明治19年)7月16日[1] - 1925年大正14年)12月26日[2])は、日本の衆議院議員立憲政友会政友本党)。ジャーナリスト。号は紫堂

経歴[編集]

茨城県新治郡柿岡町(現在の石岡市)出身[3]1911年(明治44年)、早稲田大学政治経済科を卒業した[2]。卒業後は郷里に帰り、柿岡郵便局長を務めた[4]。その後『常総新聞』主筆となり[3]、茨城県会議員にも選出された[3]

1920年(大正9年)、第14回衆議院議員総選挙に出馬し、当選を果たした。

脚注[編集]

  1. ^ 衆議院『第四十三回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1920年、12頁。
  2. ^ a b 『議会制度七十年史 衆議院議員名鑑』
  3. ^ a b c 『衆議院要覧』
  4. ^ 『茨城人名辞書』p.63

参考文献[編集]

  • 『茨城人名辞書』 いはらき新聞社、1915年
  • 『衆議院要覧 下巻 大正九年六月』 衆議院事務局、1920年
  • 衆議院・参議院編 『議会制度七十年史 衆議院議員名鑑』 大蔵省印刷局、1962年