市民会館停留場

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市民会館停留場
2・4・5号系統のりば
2・4・5号系統のりば
しみんかいかん
Civic Hall
所在地 長崎県長崎市魚の町4番18号先
所属事業者 長崎電気軌道
駅構造 地上駅
ホーム 計4面4線
乗降人員
-統計年度-
3,300人/日
-2015年-
開業年月日 1954年(昭和29年)3月1日*
乗入路線 2 路線
所属路線 桜町支線(3号系統
駅番号 45
キロ程 0.9km(長崎駅前起点)
44 桜町 (0.4km)
(-km) 諏訪神社 39
所属路線 蛍茶屋支線(□2号系統4号系統5号系統
駅番号 38
キロ程 0.8km(西浜町起点)
37 めがね橋 (0.4km)
(0.5km) 諏訪神社 39
備考 * 前身となる停留場は1920年開業
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3号系統のりば

市民会館停留場(しみんかいかんていりゅうじょう、市民会館電停)は、長崎県長崎市魚の町にある長崎電気軌道路面電車停留場である。駅番号は3845。桜町支線と蛍茶屋支線が接続する停留場で、2号系統3号系統4号系統5号系統が停車する。

歴史[編集]

当停留場の開業は1954年(昭和29年)であるが[1]、ここではそれ以前に当地に設けられていた古町停留場(ふるまちていりゅうじょう、地図)についても扱う[2]

大正時代の古町停留場(手彩色絵葉書

古町停留場は1920年(大正9年)7月、桜町 - 馬町間の開通に合わせて開業した停留場である[3]。桜町から古町までの区間は当時、国道34号との交差点をピークに40パーミルの急勾配を上り下りする峠越えの区間であった[4]。同年12月には築町から古町までの区間が開通、当停留場から築町・馬町・桜町の3方向に路線が通じるようになった[3](築町・馬町方面が現在の蛍茶屋支線、桜町方面が桜町支線)。

古町から桜町までの間にあった峠越えの区間は戦後の1954年(昭和29年)に経路が変更され、切通しの中を進み国道を立体交差にてくぐり抜けるようになった[5]。この経路変更に伴い古町停留場は廃止され、代わって築町寄りに移設した上で現在地に開業したのが当停留場である[5][6][7]。停留場名は当初桶屋町停留場(おけやまちていりゅうじょう)と称し、1963年(昭和38年)に公会堂前停留場(こうかいどうまえていりゅうじょう)へと改称した[1][7]

「公会堂前」の名の通り、かつては停留場前に長崎市公会堂が立地していたが[1]、公会堂は老朽化等の問題があり2015年3月末をもって廃止[8]。停留場名が現状にそぐわなくなってしまったため、2018年(平成30年)に市民会館停留場へと改称された[9]。なお、新しい長崎市役所庁舎が完成した後には「市役所停留場(仮称)」へ再度改名する予定である[9]

年表[編集]

  • 1920年(大正9年)
    • 7月9日 - 桜町から馬町までの区間が開通[10]古町停留場が開業[7]
    • 12月25日 - 古町から築町までの区間が開通[10]。古町停留場は3方分岐の停留場となる。
  • 1954年(昭和29年)3月1日 - ルート変更により古町停留場が廃止[7]。築町寄りに移設した上で現在地に桶屋町停留場が開業[7]
  • 1963年(昭和38年)3月 - 公会堂前停留場に改称[7]
  • 2002年(平成14年)
  • 2003年(平成15年)3月8日 - 3号系統側のホームを改築[11]
  • 2018年(平成30年)8月1日 - 市民会館停留場に改称[9][13]

構造[編集]

市民会館停留場は併用軌道区間にあり[14]、蛍茶屋支線と桜町支線の軌道は交差点上で分岐する。交差点から長崎駅前方面(桜町支線)・蛍茶屋方面(蛍茶屋支線下り)・西浜町方面(蛍茶屋支線上り)に路線が通じ、3方向の軌道は相互に接続して3方分岐のデルタ線を形成する[14][15][16]。かつては蛍茶屋方面から長崎駅前方面と西浜町方面の2方向に分岐するのみで、長崎駅前方面と西浜町方面を結ぶ軌道は遅れて敷設された[6]

乗り場は長崎駅前寄りと西浜町寄りの2か所にあり、いずれも2面のホームが2本の線路を挟んで向かい合わせに配される(相対式ホーム[14][15]。長崎駅前寄りの乗り場を使用するのは桜町支線に乗り入れる3号系統のみで、それ以外の2・4・5号系統は西浜町寄りの乗り場を使用する。互いの乗り場は離れていて、同一運賃での乗り継ぎは不可[17]。2・4・5号系統側の乗り場には横断歩道橋が接続していたが[1][17]、交通渋滞対策のために2002年に撤去され、合わせて乗り場が改修された[18]。翌年には3号系統側の乗り場も改修され、ホームの拡幅延長がなされている[18]

デルタ線の一辺、長崎駅前方面と西浜町方面を結ぶ軌道は通常の運行では使用されないが、2000年10月に長崎駅前から桜町 - 西浜町 - 大波止と環状運転する循環系統が試験的に運行された[19]際に使われた。2017年10月から11月にかけて桜町 - 西浜町方面の曲線は撤去された。循環系統については1934年から1937年(昭和9年から昭和12年)まで運行されていたことがあり[20]、当時の古町停留場にも3方分岐の線路が敷かれていた[3]

脱線事故[編集]

2・4・5号系統のりばから望む停留場の分岐部(奥が蛍茶屋方面)。電車が通過している箇所が脱線事故現場に相当する

市民会館停留場の分岐部では2007年(平成19年)から2016年(平成28年)までの10年間に4回の脱線事故が発生している[21][22]。脱線したのはいずれも3号系統蛍茶屋赤迫行きの電車で、蛍茶屋方面から長崎駅前方面に向かう右折軌道を通過中に脱線した。

1回目の脱線
2007年5月19日に発生[23]。翌日20日の始発より運転を再開する[24]
2回目の脱線
1回目の事故より5日後の2007年5月24日に発生[24]。3号系統赤迫行きが2007年7月18日まで運休[25]
3回目の脱線
2015年10月11日に発生[25]。3号系統は運休[26][27]、翌年の2016年5月23日に正常ダイヤに復旧した[26][28]
4回目の脱線
復旧より10日後の2016年6月2日に発生[29][30]。3号系統をはじめ一部系統が運転を中止[31]、2016年6月10日に3号系統赤迫行きを除いて運転を再開[31]。残る3号系統赤迫行きは翌年の2017年11月29日に再開した[22]

このうち3回目の脱線については、分岐部で線路が交差する箇所に設けられたV字型のレール(ガードノーズ)の摩耗が脱線原因の一つであり、対策としてガードノーズの高さを低くし摩耗を抑えるようにした[32]。ところがこの設計変更によりレールの強度が落ち、車輪の接触により変形、これが4回目の脱線を引き起こしたと見られている[32][33]。事故を調査した運輸安全委員会は事故現場である右折軌道の曲線半径が20メートルと非常に小さいことも4回の脱線事故を引き起こした背景にあると考え、半径を大きくすることが望ましいと指摘[21][22]。長崎電軌はガードノーズの高さを元に戻し、曲線半径を35メートルへ緩める改良工事を実施した[22][32]

利用状況[編集]

長崎電軌の調査によると1日の乗降客数は以下の通り。

  • 1998年 - 4,806人[1]
  • 2015年 - 3,300人[34]

周辺[編集]

長崎市民会館長崎市役所長崎警察署と公共施設が集積する[6]。観光名所の眼鏡橋は隣のめがね橋停留場が最寄りであるが[1]、当停留場からでも徒歩数分の距離にあり充分近い[35]

廃止された古町停留場から桜町停留場までの旧線区間は一部が道路として存置されていて、古町交差点付近では往時の様子を留める[3]。古町から峠の頂点へ向かう上り坂の一部は、40パーミルの勾配もそのままに勝山市場の通路として利用されている[4]

登場する作品[編集]

隣の停留場[編集]

長崎電気軌道
桜町支線(3号系統)
桜町停留場(44) - 市民会館停留場(45) - 諏訪神社停留場(39)
蛍茶屋支線(□2号系統・4号系統・5号系統)
めがね橋停留場(37) - 市民会館停留場(38) - 諏訪神社停留場(39)
  • 蛍茶屋支線のめがね橋停留場との間には、1954年(昭和29年)まで酒屋町停留場が存在した[7][37]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f 田栗 & 宮川 2000, p. 73.
  2. ^ 100年史, p. 126では両停留場を合わせて一つの停留場として扱っている。
  3. ^ a b c d 田栗 2005, p. 76.
  4. ^ a b 田栗 2005, p. 75.
  5. ^ a b 田栗 2005, p. 77.
  6. ^ a b c 田栗 2005, p. 78.
  7. ^ a b c d e f g 今尾 2009, pp. 57–58.
  8. ^ 旧長崎市公会堂についての長崎市の考え”. 長崎市 (2016年12月26日). 2017年7月31日閲覧。
  9. ^ a b c 電停名称変更のお知らせ”. 長崎電気軌道 (2018年3月30日). 2018年4月4日閲覧。
  10. ^ a b 100年史, p. 129.
  11. ^ a b c 100年史, p. 199.
  12. ^ a b 田栗 2005, p. 156.
  13. ^ 浅野孝仁 (2018年7月31日). “長崎電気軌道:13カ所停留場、新名称に 35年ぶり、あすから”. 毎日新聞(地方版・長崎) (毎日新聞西部本社): p. 23 
  14. ^ a b c 100年史, p. 130.
  15. ^ a b 川島 2013, p. 48.
  16. ^ 川島 2013, p. 57.
  17. ^ a b 川島 2007, p. 122.
  18. ^ a b 100年史, p. 120.
  19. ^ “路面電車の「環状運行試験」、混雑緩和なるか――16日から長崎市中心部で”. 毎日新聞(地方版・長崎) (毎日新聞西部本社). (2000年10月14日) 
  20. ^ 100年史, p. 62.
  21. ^ a b 鉄道事故調査報告書, p. 38.
  22. ^ a b c d 今野悠貴 (2017年11月30日). “長崎電気軌道、3号系統全線再開 公会堂前交差点、カーブ緩やかに”. 毎日新聞(地方版・長崎) (毎日新聞西部本社): p. 23 
  23. ^ 鉄道事故調査報告書, p. 17.
  24. ^ a b 鉄道事故調査報告書, p. 18.
  25. ^ a b 鉄道事故調査報告書, p. 19.
  26. ^ a b 草町義和 (2016年5月10日). “長崎電軌の3号系統、5月23日に全面再開へ”. Response. (イード). https://response.jp/article/2016/05/10/274908.html 2017年7月31日閲覧。 
  27. ^ 今手麻衣 (2016年3月8日). “長崎電気軌道:運休中の3号系統、上り臨時便を運行”. 毎日新聞(地方版・長崎) (毎日新聞西部本社): p. 27 
  28. ^ 鉄道事故調査報告書, p. 20.
  29. ^ 鉄道事故調査報告書, p. 1.
  30. ^ 草町義和 (2016年6月3日). “長崎電軌の路面電車、公会堂前交差点でまた脱線…3号系統など運転見合わせ”. Response. (イード). https://response.jp/article/2016/06/03/276281.html 2017年7月31日閲覧。 
  31. ^ a b 草町義和 (2016年6月10日). “長崎電軌、3号系統の赤迫行き除き運行再開”. Response. (イード). https://response.jp/article/2016/06/10/276705.html 2017年7月31日閲覧。 
  32. ^ a b c 草町義和 (2017年1月20日). “対策講じたレールが変形…長崎電軌、2016年6月の事故原因を公表”. Response. (イード). https://response.jp/article/2017/01/20/288815.html 2017年7月31日閲覧。 
  33. ^ 今手麻衣 (2017年1月14日). “事故調査結果「レールのゆがみ原因」 カーブの改良、11月までに全面再開”. 毎日新聞(地方版・長崎) (毎日新聞西部本社): p. 27 
  34. ^ 100年史, p. 125.
  35. ^ 田栗 2005, p. 79.
  36. ^ 7月24日通りのクリスマス”. ロケーションジャパン. 地域活性プランニング. 2011年12月2日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2017年7月31日閲覧。
  37. ^ 田栗 2005, p. 80.

参考文献[編集]

  • 今尾恵介(監修)『日本鉄道旅行地図帳』12 九州沖縄、新潮社、2009年。ISBN 978-4-10-790030-2。
  • 運輸安全委員会 (2017年3月30日) (PDF). 長崎電気軌道株式会社 桜町支線 諏訪神社前停留場〜公会堂前停留場間車両脱線事故 (Report). 鉄道事故調査報告書. 運輸安全委員会. 報告書番号:RA2017-2-1. http://www.mlit.go.jp/jtsb/railway/rep-acci/RA2017-2-1.pdf. 
  • 川島令三全国鉄道事情大研究』九州篇 2、草思社、2007年。ISBN 978-4-7942-1562-8。
  • 川島令三『四国・九州ライン 全線・全駅・全配線』第5巻 長崎・佐賀エリア、講談社〈【図説】 日本の鉄道〉、2013年。ISBN 978-4-06-295161-6。
  • 田栗優一『長崎「電車」が走る街今昔』JTBパブリッシング〈JTBキャンブックス〉、2005年。ISBN 4-533-05987-2。
  • 田栗優一、宮川浩一『長崎のチンチン電車』葦書房、2000年。ISBN 4-7512-0764-4。
  • 長崎電気軌道株式会社『長崎電気軌道100年史』、2016年。

関連項目[編集]