帝位継承法 (ロシア帝国)

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ロマノフ家一家(1892年撮影)

1797年4月5日の帝位継承法ロシア語: Акт о порядке престолонаследия от 5 апреля 1797 года)は、ロシア帝国ロマノフ家の家法の一つ。1797年4月5日4月16日)にロシア皇帝パーヴェル1世によって制定された法令。

パーヴェル1世は、皇帝または皇后に帝位継承権者を指名することを認めたピョートル大帝帝位継承法ロシア語版を廃止してこの帝位継承法を制定した。この帝位継承法ではそれまで曖昧だった帝位継承の順序を初めて明文化し、男性皇族や男系男子が優先的に帝位継承権を行使できると規定した。また、女性皇族や女系皇族は「男系男子が絶えた場合」[1]という条件付きでの帝位継承権を認められたものの、女性皇族の帝位継承権行使を事実上制限する内容だったため、これ以後、ロシアには女帝は出現しなくなった。

ニコライ2世1906年国家基本法を制定した際、帝位継承法は一部修正を経た上で国家基本法の第2章に編入されたため、独立した法律としては廃止された[2]

脚注[編集]

  1. ^ ロシアの皇位継承法の変遷 – ロシア学事始”. ロシア学事始 (2013年1月17日). 2020年3月17日閲覧。
  2. ^ 基本国家法典 – ロシア学事始”. ロシア学事始 (2013年1月17日). 2020年3月17日閲覧。