平井一正 (工学者)

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平井 一正(ひらい かずまさ、1931年10月31日[1] - )は、日本の工学者神戸大学名誉教授、制御工学システム工学の専門家[2]登山家としても知られており、1958年に、チョゴリザ北東峰(7,654m)の初登頂者となったほか、隊長として数次にわたるヒマラヤ遠征を無事故で成功させた[2]岐阜県出身[1]

工学者としての経歴[編集]

京都大学工学部を卒業して[2]、大学院に進み[3]1963年に「非線形要素を持つサーボ機構の振動現象に関する研究」により、京都大学から工学博士を取得した[4]

1964年神戸大学工学部[5]助教授として赴任し[6]、その後、ドイツのシュトゥットガルト[3]2年間留学した[5]。その後、教授として、日本初のカタカナ学科として1972年に新設されたシステム工学科の開設と運営に携わった[5]

1992年にシステム制御情報学会の会長に就任するなど、学界での要職を務め[7]、神戸大学では、国際交流センター長、工学研究科長、評議員などを歴任した[5]

1995年に甲南大学理学部教授となり、2000年まで在籍し、その間に甲南大学山岳部顧問を務めた[8]

2010年、春の叙勲で瑞宝中綬章を受章した[5]

登山家としての経歴[編集]

  • 1950年京都大学に入学してすぐに山岳部に入部して活動し[9]、また、今西錦司梅棹忠夫らの薫陶を受ける[10]
  • 1958年、京都大学学士山岳会 (AACK) 隊(京大隊:隊長・桑原武夫)に隊員として参加し、チョゴリザ北東峰(7,654m)の初登頂者となる[11]
  • 1962年、AACKの遠征に隊員として参加し、サルトロカンリ (7,742m) の初登頂を成功させる[2][12]
  • 1976年神戸大学の第二次カラコルム遠征隊隊長として、シェルピカンリ (7,380m) の初登頂を成功させ、周辺地域の学術調査も実施した[2][13]
  • 1980年に神戸大学工学部学術訪中団の一員として中国を訪問した際に中国登山協会と接触し、以降、訪中を重ね、中国語を学び、クーラカンリの登山許可を得た[5]
  • 1986年、神戸大学隊を中心とした日中合同隊に、神戸大学隊総隊長として参加し、クーラカンリ主峰(7,554m)の初登頂を成功させる[2][14]
  • 2003年ルオニイ英語版(6,805m)に登頂を目指した神戸大学隊隊長を務めた[2]。この隊は悪天候に阻まれ、登頂は断念している[15]

京都大学学士山岳会会員、日本山岳会会員、神戸大学山岳会会員[2]、甲南山岳会名誉会員[8]

おもな著書[編集]

工学関係[編集]

(単著)
(共著)
  • (池田雅夫との共著)非線形制御システムの解析、オーム社、1986年
(編著)

登山関係[編集]

(単著)
  • 初登頂:花嫁の峰から天帝の峰へ、ナカニシヤ出版、1996年
  • わが登山人生、私家版、2010年
(編著)
  • シェルピ・カンリ:コンダスの女王 1976年神戸大学カラコルム遠征隊の記録、神戸新聞出版センター、1978年

脚注[編集]

  1. ^ a b 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.426
  2. ^ a b c d e f g h ザ・ヒマラヤ・デー (PDF)”. 雲南懇話会. 2015年12月10日閲覧。
  3. ^ a b 小さな同窓会支援事業ご報告 平成20年度 平井先生喜寿の会”. 神戸大学工学部情報知能工学科同窓会. 2015年12月10日閲覧。 “平井先生ご自身から「平井一正 77年の軌跡」と題して、プロジェクターを使いご講演いただきました。お生まれになった頃のことから始まり、京都大学入学、山岳部への入部、大学院での研究、ご結婚、神戸大学への赴任、ドイツのシュツツガルトの滞在、システム工学科設立、…”
  4. ^ 非線形要素を持つサーボ機構の振動現象に関する研究 平井一正”. 国立国会図書館. 2015年12月10日閲覧。
  5. ^ a b c d e f 平井一正 (2010年9月1日). “叙勲に際して” (PDF). KTC (神戸大学工学振興会) (71): pp. 33-34. https://www.ktc.or.jp/wp-content/uploads/2014/06/no71.pdf 2015年12月10日閲覧。 
  6. ^ 北村新三; 伊藤浩一、中本裕之 (2015年9月1日). “先輩万歳 名誉教授 北村 新三 先生(In2)に聞く” (PDF). KTC (神戸大学工学振興会) (81): p. 41. https://www.ktc.or.jp/wp-content/uploads/2015/08/KTC81-web.pdf 2015年12月10日閲覧. "計測工学科修士課程の研究室 では、教授が黒田一之先生で、助教授として平井一正先生も赴任されました。" 
  7. ^ 平井一正「会長に就任して」、『システム/制御/情報』第36巻第7号、システム制御情報学会、1992年7月15日、 423頁。
  8. ^ a b 平井一正著『初登頂』-花嫁の峰から天帝の峰へ-”. 甲南山岳会/M.Shiozaki. 2015年12月10日閲覧。
  9. ^ “神戸大名誉教授の平井一正さん 体力の続く限り(ひと)”. 朝日新聞・朝刊・京都. (1996年7月3日). "1950年、京大入学と同時に山岳部に入部。登山、冬山合宿と徐々に経験を重ねた。"  - 聴蔵IIビジュアルにて閲覧
  10. ^ 平井一正 (2008年8月31日). “登山家としての梅棹忠夫さん” (PDF). Newsletter (京都大学学士山岳会) (56別冊): pp. 4-5. http://www.aack.or.jp/newsletter/AACKNewsLetterNo56Umesao.pdf 2015年12月10日閲覧。 
  11. ^ 平井一正 (2011年3月10日). “アタックの思い出” (PDF). Newsletter (京都大学学士山岳会) (46): pp. 2-4. http://www.aack.or.jp/newsletter/AACKNewsLetterNo46.pdf 2015年12月10日閲覧。 
  12. ^ “サルトロ・カンリ初登頂五〇周年記念座談会” (PDF). Newsletter (京都大学学士山岳会) (62): pp. 2-4. (2012年9月30日). http://www.aack.or.jp/newsletter/AACKNewsLetterNo62.pdf 2015年12月10日閲覧。 
  13. ^ 神戸大学山岳部創部100周年 未踏峰に挑む” (2015年7月24日). 2015年12月10日閲覧。
  14. ^ Hirai, Kazumasa (1987年). “The Ascent Of Kula Kangri From Tibet”. The Himalayan Club. 2014年9月18日閲覧。 - Hirai, Kazumasa (1987). “The Ascent Of Kula Kangri From Tibet”. The Himalayan Journal 43. 
  15. ^ 柴田真宏 (2003年12月30日). “未踏峰挑戦、成果あり(風)”. 朝日新聞・朝刊: p. 11. "悪天候で最後の登頂こそ断念したが、平井総隊長は「地形や天候など多くのことが解明された」と成果を語る。"  - 聴蔵IIビジュアルにて閲覧