平井義一 (政治家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
検索に移動

平井 義一(ひらい ぎいち、1913年3月 - 2007年9月6日[要出典])は、日本の政治家衆議院議員(5期)。

経歴[編集]

福岡県豊前市出身。明治大学法学部卒。東京地方専売局に勤務した後、計理士となり、麹町区議、東京市会議長秘書を歴任する。1947年第23回衆議院議員総選挙福岡4区から日本自由党公認で立候補して初当選。以来5期務める。炭鉱国管疑獄では、1948年(昭和23年)衆議院不当財産取引調査委員会に証人喚問されている[1]第4次吉田内閣郵政政務次官に就任する。1955年保守合同により自由民主党衆議院議員となる。1960年総選挙で落選。その後も複数回総選挙に出馬したが、いずれも及ばず、国政復帰はならなかった。このほか横綱審議委員日本プロレス協会長などを務めた。

1972年にはシングル「部隊長」(キングレコードに製造を委託した自主製作盤。品番:NCS-387)で歌手デビューもしている(B面は神田たかし「青年の歌」)。

脚注[編集]

  1. ^ 『戦後政治裁判史録 1』336-337頁。

参考文献[編集]

  • 田中二郎、佐藤功、野村二郎編『戦後政治裁判史録 1』第一法規出版、1980年。
  • 『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。