平時範

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
平時範
時代 平安時代後期
生誕 天喜2年(1054年
死没 天仁2年2月10日1109年3月13日
改名 時範→定慧/貞慧(法名)
官位 正四位下内蔵頭右大弁検非違使因幡守
主君 堀河天皇
藤原師通
氏族 桓武平氏高棟
父母 父:平定家、母:藤原家任娘
実親
テンプレートを表示

平 時範(たいら の ときのり)は、平安時代後期の貴族桓武平氏高棟流、平定家の子。官位正四位下内蔵頭右大弁検非違使因幡守

経歴[編集]

藤原師通の家司を務める。仏画をよくしたといい、また文筆にも優れていた。三事兼帯経験がある実務家であった。康和元年(1099年)に因幡守として任地へ赴いたときの記録が日記『時範記』に残っており、当時の受領の行動や、因幡の状況を知ることができる貴重な史料となっている。

天仁元年(1108年)出家して法名を定慧(または貞慧)と称し、翌年卒去した。

参考文献[編集]

  • 木本好信「『時範記』と平時範」(『平安朝日記と逸文の研究』、おうふう、1987年
  • 宮崎康充「平時範に関する覚書」(『書陵部紀要』41号、1989年