平有親

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平有親
時代 鎌倉時代前期 ‐ 中期
生誕 建久5年(1194年
死没 文応2年1月4日1261年2月4日
改名 有親→真浄(法号)
別名 知親
官位 正三位
主君 順徳天皇仲恭天皇後堀河天皇四条天皇
氏族 桓武平氏高棟
父母 父:平親国[1]、母:藤原光隆[1]
兄弟 惟忠、有親、範親
時継
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平 有親(たいら の ありちか)は、鎌倉時代初期から中期にかけての公卿桓武平氏高棟流、非参議平親国の次男。官位正三位

経歴[編集]

貞永元年(1232年)12月に参議に任命され、嘉禎元年(1235年)11月に正三位に叙される[2]嘉禎4年(1238年)閏2月に致仕する[2]。6月に従二位に叙される[2]

延応2年(1240年)6月に出家し、真浄と号する[2]文応2年(1261年)1月4日に死去[2]。享年68[2]

官歴[編集]

脚注[編集]

註釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b 安田元久 編『鎌倉・室町人名事典コンパクト版』新人物往来社、1990年、p.342
  2. ^ a b c d e f 安田元久 編『鎌倉・室町人名事典コンパクト版』新人物往来社、1990年、p.343

参考文献[編集]

書籍