平松英子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

平松 英子(ひらまつ えいこ)は、日本のソプラノ歌手。東京藝術大学音楽学部教授。ミュージックスケイプ所属。

東京都出身。東京学芸大学附属竹早小学校東京学芸大学附属竹早中学校東京都立芸術高等学校を経て、東京芸術大学、同大学院修了。その後、ドイツ学術交流会(DAAD)奨学生としてミュンヘン音楽大学に留学。ハンス=マルティン・シュナイト、ハンノ・ブラシュケのもとで学び、マイスタークラスを修了する。

キャリア[編集]

プロとしてのキャリアのスタートは、ミュンヘン音楽大学在学中に代役としてバッハ・コレギウム・ミュンヘンのJ.S.バッハヨハネ受難曲』に出演したことから始まった。

その後、旧西ドイツの劇場と契約し『魔笛』のパミーナで正式デビュー。第1回ミュンヒナー・ビエンナーレにてグラナートのオペラ「ライラとメチュヌーン」の初演を皮切りに多くのコンサートに出演。共演者には、ヘルマン・プライペーター・シュライヤーエディット・マティス、トーマス・クヴァストフ、マティアス・ゲルネなどがあり、旧西ドイツ時代での高い評価を物語る。このドイツ時代は約11年におよぶが、その間に東京芸術劇場のこけら落としの目玉であったジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管弦楽団マーラー交響曲全曲演奏にシェリル・ステューダーなどともに出演している。

ベルリンの壁崩壊の後ほどなくして拠点を日本に移す。日生劇場魔弾の射手』エンヒェン役が帰国デビューとなる。その後、オペラ、宗教曲、室内楽、歌曲において、ルネサンス音楽から細川俊夫の新作まで幅広く活躍。一般のクラシックファンでの知名度は決して高くないが、イェルク・デームスの「エイコ・ヒラマツは世界で最も優れた何人かのリリック・ソプラノのうちの一人だ」という言葉通り、その活動は高く評価されている。

教育活動[編集]

平松英子の活動は「演奏」と「教育」が同じ比重となっている。これは恩師であるシュナイトの「いい演奏家になるためにはいい教育者でなければならない」という教えを忠実に守っているからであり、そのために一年間を通しコンサート出演は決して多いとはいえない。2009年4月より、東京芸術大学音楽学部准教授、フェリス女学院大学非常勤講師。