広陵高等学校 (広島県)

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広陵高等学校
Koryo High School 20141004.JPG
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人広陵学園
校訓 質実剛健
設立年月日 1896年
創立者 鶴虎太郎
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
設置学科 普通科
学科内専門コース I類・II類
高校コード 34503C
所在地 731-3161
広島県広島市安佐南区伴東三丁目14番1号
外部リンク 公式サイト
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広陵高等学校(こうりょうこうとうがっこう)は、広島県広島市安佐南区伴東にある私立の高等学校。ユネスコスクール加盟校。

概要[編集]

大正期には修道中学(現在の修道中学校・修道高等学校)、明道中学(1923年廃校)とともに広島三中と呼ばれていた程の名門校であった。

硬式野球部は、旧制中学時代から全国大会(甲子園球場他)に出場している。日本の高校野球では広島商業ともども、広島県のみならず全国的にも有名で、1926年1991年2003年といずれも春の選抜大会で3回優勝しており、「春の広陵」の異名がある。 一方、夏の選手権大会では1927年1967年2007年2017年と決勝戦には4回進出しているが、4回とも準優勝に終わっている(準優勝は春夏合計7回)。同校の硬式野球部からは多くのプロ野球選手を輩出している[1]2016年野球部員(1年生同士)の暴力で1カ月対外試合禁止になっている[2]国体は2017年に初優勝を飾っている。

その他、軟式野球部、ボクシング部、テニス部、ゴルフ部なども優秀な成績をおさめている。

沿革[編集]

1930年ごろの広島市の地図。広陵中学が確認できる。
1930年ごろの広島市の地図。広陵中学が確認できる。
2007年第89回全国高等学校野球選手権大会・開会式入場行進の広陵ナイン
2007年第89回全国高等学校野球選手権大会・開会式入場行進の広陵ナイン
  • 1896年2月 鶴虎太郎、数理学会を設立。
  • 1898年4月 数理学会を究数学院と改称、1900年に中学科を設置。
  • 1901年5月 究数学院中学科を私立広陵中学と改称。
  • 1907年4月 呉服商・石田米助の出資を仰いで、中学校令による旧制中学校として認可(校主:石田米助・校長:鶴虎太郎)。現在、フジグラン広島があるあたりで開学した。
  • 1920年夏  石田米助の死後に跡を継いだ長男・石田真一校主と鶴校長との間で学校運営をめぐる対立が表面化。11月に石田校主は鶴へ校長解任を通告、一連の校主側と校長側との対立が「(第一次)広陵事件」として全国に報道される。
  • 1921年3月 仲裁の結果、学校分割を決定。鶴校長側は材木商・田中イト他の出資を得て、新たに宇品町の千田廟公園隣接地(現・南区宇品みゆきプラザが現在は建っている:右地図参照)に財団法人広陵中学校を設立。石田校主側は広陵中学校を山陽中学校に改称するとともに、財団法人山陽中学校(のちに財団法人石田学園に改称)を設立した。
  • 1945年8月 原子爆弾の投下により講堂及び教室一棟が倒壊。
  • 1948年5月 学制改革により広陵高等学校全日制普通科)を開校。
  • 1950年4月 定時制(普通科)を併設。
  • 1951年3月 私立学校法の制定により学校法人広陵学園が発足。
  • 1953年4月 全日制・定時制とも商業科を併設。
  • 1958年1月 現行の校章・校旗・校歌を制定。
  • 1971年4月 安佐南区に広陵幼稚園を開園。
  • 1973年4月 広陵高等学校を現校地に全面移転。
  • 1974年4月 理数科を新設。 
  • 1998年4月 男女共学に移行。
  • 2000年頃 この頃までに定時制の普通科と商業科を廃止。
  • 2003年  商業科の募集を停止。
  • 2005年  理数科の募集を停止。
  • 2017年  硬式野球部がライバル広島商業に並ぶ県内最多22回目(3年ぶり)の全国高等学校野球選手権大会に出場。結果は決勝で花咲徳栄高等学校に破れ準優勝となる。

設置課程・学科[編集]

校訓・学校教育目標[編集]

  • 校訓は、「質実剛健」[3]
  • 建学の精神は、「教育は愛なり」である[3]
  • 広陵高校が果たすべき役割(ミッション)として、「高い志を持ち、自らの夢や目標に向かってチャレンジする生徒を育て、地域社会・国際社会に貢献する有為な人物を育成する」ことを掲げている[3]

校章[編集]

1958年に改訂された校章は、広陵の頭文字「K」の中央に「高」を配したものである。Kを構成する線は、広島市を流れる太田川や、進取・努力・剛健の気風、より高きものを求める青年期の理想を描いている[3]

校歌[編集]

作詞は葛原しげる、作曲は川崎優による[3]。歌詞は「ましぐらに 昼も夜も」で始まり、「われらの広陵」で終わる[3]

基礎データ[編集]

所在地[編集]

アクセス[編集]

著名な卒業生・出身者[編集]

プロ野球選手[編集]

アマチュア野球指導者等[編集]

その他スポーツ選手[編集]

その他[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 有志の会 - 広陵高校野球部 野球部沿革
  2. ^ いじめ・部内暴力…高校11件処分 日本学生野球協会朝日新聞
  3. ^ a b c d e f 学校法人広陵学園 広陵高等学校. “校訓・学校教育目標(ミッション)” (日本語). 2017年8月23日閲覧。
  4. ^ a b 学校法人広陵学園 広陵高等学校. “アクセスマップ” (日本語). 2017年8月23日閲覧。

関連書籍[編集]

  • 『日本一の準優勝 広陵・夏の甲子園2007』(南々社)

関連項目[編集]