廷用宗器

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廷用 宗器(ていよう そうき、生没年不詳)は、室町時代前期の足利将軍家の一族で僧侶室町幕府の第2代将軍・足利義詮の子で、同第3代将軍・足利義満の弟[1]

生涯[編集]

南禅寺天竜寺住持となった[1]応永6年(1399年)の応永の乱妙心寺大内義弘に加担したため、戦後に義満は妙心寺を滅ぼし、寺領は青蓮院や廷用宗器の竜雲寺に分与している[2]。義満の没後はその位牌の奉持者になった[1]

脚注[編集]

出典
  1. ^ a b c 臼井信義 著『人物叢書‐足利義満』吉川弘文館、1989年、p.227
  2. ^ 臼井信義 著『人物叢書‐足利義満』吉川弘文館、1989年、p.228

参考文献[編集]

書籍
  • 臼井信義『足利義満』(吉川弘文館人物叢書、1989年平成元年)新装版) ISBN 4-642-05150-3