引田城

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引田城
香川県
石垣
石垣
城郭構造 平山城
天守構造 不明
築城主 不明
築城年 室町時代
主な改修者 四宮右近、仙石秀久生駒親正
主な城主 四宮氏、仙石氏生駒氏
廃城年 元和元年(1615年
遺構 石垣
指定文化財 国の史跡
位置
地図
引田城の位置(香川県内)
引田城
引田城

引田城(ひけたじょう)は香川県東かがわ市に所在する日本。国の史跡に指定されている[1]


概要[編集]

引田城は城山と言われる山にある平山城で、初期の頃は、尾根伝いにコの字型に展開し、四隅には櫓を備えていた。現在の遺構は、四隅の櫓の内、北と西の2つの櫓を中心に残っている。

引田城は高松城丸亀城と同じく生駒氏時代の城であるが、その後香川の歴史上から消え去っている。それは同じく高松城の支城であった丸亀城のように、その後再築されなかった事も要因の一つだと言われている。

1615年(元和元年)の一国一城令で廃城になった後、城がいつ取り壊されたかは不明で、長らく忘れられた存在だった。しかし、文化財として調査・保存の機運が高まり、2000年(平成12年)12月20日に「城山国有林(引田城址)」として市指定史跡に指定されていた[2]

その後2020年令和2年)3月10日に東かがわ市内初の国の史跡に指定された[1]

沿革[編集]

  • 室町時代末期 寒川氏に属する四宮右近の居城になる。
  • 1570年(元亀元年)、三好氏に攻められ寒川氏は城を引き渡す。
  • 1583年(天正11年)、仙石秀久が入城。
  • 1584年(天正12年)、秀久は長宗我部軍に引田表で敗れるが、羽柴秀吉の四国平定後に再び秀久が入城。
  • 1587年(天正18年)、生駒親正が讃岐一国を得て入城するが、同年引田城が讃岐の東に偏っていたので聖通寺城に移る。
  • 1615年(元和元年)、一国一城令で廃城。
  • 2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(177番)に選定された[1]
  • 2020年(令和2年)3月10日、国の史跡に指定[1][3]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d 「東かがわ市初!国指定史跡誕生!!」東かがわ市公式HP
  2. ^ 「文化財」東かがわ市公式HP
  3. ^ 令和2年(2020年)3月10日文部科学省告示第17号。

関連項目[編集]