彼は復讐を忘れたか

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
彼は復讐を忘れたか
監督 悪麗之助
脚本 悪麗之助
原作 悪麗之助
出演者 河原崎権三郎[要曖昧さ回避]
撮影 玉井正夫
製作会社 大阪港パーク撮影所
配給 不明
公開 日本の旗 1927年7月31日
上映時間 不明
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
テンプレートを表示

彼は復讐を忘れたか』(かれはふくしゅうをわすれたか)は、1927年(昭和2年)製作・公開、悪麗之助監督による日本の長編劇映画、サイレント映画であり、1931年(昭和6年)製作・公開、星哲六監督によるリメイク映画である。前者は剣戟俳優羅門光三郎のデビュー作として知られる[1]

略歴・概要[編集]

阪東妻三郎プロダクション阪妻・立花・ユニヴァーサル聯合映画で監督を務めていた悪麗之助が1927年(昭和2年)に独立し、大阪港パーク撮影所として製作した作品である。撮影技師の玉井正夫は、同年解散した古海卓二が主宰した第一線映画聯盟から合流、撮影に参加した[2]。本作は、同年7月31日神戸の神戸キネマ倶楽部等で公開されたが、配給について、上映時間等のディテールは不明である[3]

本作は、公開の4年後の1931年(昭和6年)、当時、悪麗之助は病床にあり、脚本のみを提供していた松竹下加茂撮影所がリメイクした。松竹キネマが配給し、同年3月20日浅草公園六区・松竹館をフラッグシップに公開された[4]。悪は同年10月26日に満29歳で死去した[5]

本作の上映用プリントは、オリジナル・リメイクいずれのヴァージョンも、現在、東京国立近代美術館フィルムセンターにも[6]マツダ映画社にも所蔵されていない[7]。現存しないとされる映画を中心に、玩具映画を発掘・復元する大阪藝術大学のリストにも存在しない[8]。現状、観賞することの不可能な作品である。

スタッフ・作品データ[編集]

キャスト[編集]

1931年版[編集]

彼は復讐を忘れたか
監督 星哲六
脚本 木村富士夫
原作 悪麗之助
出演者 高田浩吉
撮影 円谷英二
製作会社 松竹下加茂撮影所
配給 松竹キネマ
公開 日本の旗 1931年3月20日
上映時間 66分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
テンプレートを表示

彼は復讐を忘れたか』(かれはふくしゅうをわすれたか)は、1931年(昭和6年)製作・公開、星哲六監督による日本の長編劇映画、サイレント映画であり、1927年(昭和2年)製作・公開、悪麗之助監督による同名の映画を原作としたリメイク作品である。

スタッフ・作品データ[編集]

キャスト[編集]

[編集]

  1. ^ 菅家紅葉氏談話立命館大学、2010年2月15日閲覧。
  2. ^ 玉井正夫日本映画データベース、2010年2月15日閲覧。
  3. ^ 彼は復讐を忘れたか 1927、日本映画データベース、2010年2月15日閲覧。
  4. ^ 彼は復讐を忘れたか 1931、日本映画データベース、2010年2月15日閲覧。
  5. ^ 『日本映画監督全集』、キネマ旬報社、1976年、p.11,「悪麗之助」の項(執筆竹中労)。
  6. ^ 所蔵映画フィルム検索システム東京国立近代美術館フィルムセンター、2010年2月15日閲覧。
  7. ^ 主な所蔵リスト 劇映画=邦画篇、マツダ映画社、2010年2月15日閲覧。
  8. ^ 玩具映画フィルム・リスト大阪藝術大学、2010年2月15日閲覧。
  9. ^ Film Calculator Archived 2008年12月4日, at the Wayback Machine.換算結果、コダック、2010年2月15日閲覧。
オリジナル(1927年)
リメイク(1931年)