後法興院記

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後法興院記(ごほうこういんき)は、室町時代後期から戦国時代初期にかけて関白太政大臣を務めた公卿近衛政家日記

概要[編集]

現在、陽明文庫には寛正7年(1466年)の年始から永正2年6月4日1505年7月5日、政家死去の半月前)までの自筆原本30巻(ただし、文明元年(1469年)から10年間分は欠失)が残されている。また、宮内庁書陵部静嘉堂文庫京都大学などに写本も残されている。

応仁の乱山城国一揆明応の政変などの動乱期の政治情勢、家領の経営・維持に関する記事、当時の公家社会の伝統行事や風俗に関する記事など、その内容は多岐にわたっているため、当時の状況を知る上で貴重な史料となっている。

備考[編集]

  • 明応地震に関する記述として、「鳴動の時分に、唐傘のような光物(ひかりもの)が飛んだ」と記述されている。

参考文献[編集]

  • 小泉宜右「後法興院政家記」(『国史大辞典 5』(吉川弘文館、1985年) ISBN 978-4-642-00505-0)
  • 小泉宜右「後法興院記」(『日本史大事典 3』(平凡社、1993年) ISBN 978-4-582-13103-1)
  • 小島晃「後法興院記」(『日本歴史大事典 2』(小学館、2000年) ISBN 978-4-09-523002-3)