徳楽寺 (伊賀市)

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徳楽寺
所在地 三重県伊賀市西高倉3543
位置 北緯34度47分18秒
東経136度05分49秒
山号 塩岡山
宗派 真言宗御室派
本尊 薬師如来
創建年 室町期(1390年 - )
開基 舜栄法印
札所等 三重四国八十八箇所 36番札所
伊賀四国八十八箇所 67番札所
東海四十九薬師霊場 3番札所
法人番号 4190005005848
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徳楽寺(とくらくじ)は、三重県伊賀市にある、真言宗御室派の仏教寺院。山号は塩岡山(しおおかざん)、院号は薬師院(やくしいん)。本尊薬師如来

本尊は秘仏で厨子に入り、33年ごとに開帳される。

歴史[編集]

寺伝によると、保延6年(1140年)頃、藤原氏が京都東山九条に講善院を建て、新居(にい)荘の20町歩を寺社領としたとき、この地に薬師院と呼ばれる堂宇を建て、荘務を司っていたとされる。室町期(1390年~)のころ舜栄法印が、徳楽寺として開山したと伝わる。

天正9年(1581年)第二次天正伊賀の乱のとき、織田信長の軍勢によって堂宇を焼かれる。このとき本尊の薬師如来は、天空に飛び去り、行方がわからなくなっていたが、あるとき村人が、東高倉の川の渕に潮がさすのを見て、川底に沈む薬師如来を発見したと伝えられ、その地を今でも「塩渕」[1](「塩淵」)[2]と呼んでいる。その後信者が、薬師如来に塩断ちをして願掛けをし、その分の塩が奉納され、奉納された塩が白い岡のようになったということで、山号の「塩岡山」の由来になったといわれている。

文化財[編集]

三重県指定有形文化財[編集]

  • 絹本著色如来荒神曼荼羅図 平成1年(1989年)3月27日指定[3]
    • 室町初期(1336年~)の作とされ、如来荒神を中心に、不動明王愛染明王を描き、外院の十二円相内には、上部三像には菩薩形、九像は鬼神形を表し、このような形式の仏画は、国内でも数少ない逸品といわれる。

伊賀市指定有形文化財[編集]

  • 木造黒漆厨子 昭和38年(1963年)4月1日指定[4]
    • 室町期の作とされ、扉の内側に室町期の特長を現した、極彩色の四天王が描かれている。

年中行事[編集]

  • 1月1日 - 年越詣、修正会
  • 1月21日 - 初大師、鏡開き
  • 2月3日 - 節分会
  • 3月上旬 - 役行者講
  • 3月中旬 - 十善講(婦人講)
  • 3月・9月彼岸 - 戦没者追悼法要
  • 8月上旬 - 施餓鬼法要
  • 8月12日 - 同月15日 - 棚経
  • 8月21日 - 十善講精霊送り
  • 8月24日 - 地蔵盆
  • 10月中旬 - 心経講(無縁仏供養)
  • 11月上旬 - 水子供養、物故者追悼供養(老人会)

周辺[編集]

アクセス[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 滝本昭二『三重四国八十八ヵ所霊場』三重四国八十八ヵ所霊場会、90項。
  2. ^ 東海四十九薬師霊場会編 冨永航平著『東海四十九薬師巡礼』朱鷺書房、2000年、26項。
  3. ^ 三重県教育委員会 守ろう!活かそう!文化財 伊賀地域』(2010年3月5日閲覧。)
  4. ^ 伊賀市 市指定・登録文化財一覧表』(2010年3月5日閲覧。)

参考文献[編集]

  • 滝本昭二『三重四国八十八ヵ所霊場』三重四国八十八ヵ所霊場会、90 - 91頁。
  • 東海四十九薬師霊場会編 冨永航平著『東海四十九薬師巡礼』朱鷺書房、2000年、26 - 29項。

関連項目[編集]