心の旅 (チューリップの曲)

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心の旅
チューリップシングル
初出アルバム『心の旅』
B面 夢中さ君に
リリース
ジャンル J-POP
レーベル 東芝音楽工業
作詞・作曲 財津和夫
チャート最高順位
  • 週間1位(オリコン
  • 1973年度年間7位(オリコン)
チューリップ シングル 年表
一人の部屋
1972年
心の旅
1973年
夏色のおもいで
1973年
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心の旅」(こころのたび)は、1973年4月20日に発売されたチューリップの通算3枚目のシングル

解説[編集]

デビューからシングル2枚・アルバム2枚を出したがヒットせず、3枚目のシングルが売れなかったら、地元福岡に帰るという話がでてきていた頃に背水の陣として生まれた曲である。売れ線狙いで作られ、リーダー財津和夫が上京する直前の心境(上京のために別れた女性への想い、など)を原点に書かれた[1][2][3]。この曲を作るに当たって意識した曲は、はしだのりひことクライマックスの『花嫁』であり、この曲にも歌われている汽車の旅のロマンが受け入れられるのではと考えたと言う[3]

メインボーカルは姫野達也が担当。当初の予定では作詞・作曲した財津が歌うはずであったが、レコーディングの直前になってスタッフ・関係者の間で「財津より、甘い声が魅力の姫野に歌わせよう」ということになった[2]。また同じく直前に曲構成を変更し、サビの部分を冒頭に持ってきた[2]

オリコン初登場は71位。その後、徐々に人気が出始め、発売から約5ヶ月が経った1973年9月10日付のオリコンシングルチャートで1位を獲得した。9月18日時点で87万枚の売り上げを記録し[4]、チューリップ最大のヒット曲となった。また本作はチューリップ唯一のオリコンチャート1位獲得シングルでもある。発売1ヶ月半後の6月5日には同名のセミ・ベストアルバムが発売された。

収録曲[編集]

  1. 心の旅
    作詞・作曲:財津和夫 編曲:チューリップ 弦管編曲:青木望
  2. 夢中さ君に
    作詞・作曲:財津和夫 編曲:チューリップ 弦管編曲:青木望

エピソード[編集]

  • 3枚目のシングル曲として最初に候補に挙がっていたのは、心の旅ではなく「風よ」という曲だった(同曲はアルバム『心の旅』に収録されている)。
  • 本作のヒットでチューリップはメジャーバンドとなったが、本来自分が歌うはずだったものをメンバー最年少の姫野が歌いヒットしたことで、リーダー財津の心境はかなり複雑だったようである[2]。財津自身ものちにソロアルバム『CALL』(1992年)や『サボテンの花〜grown up〜』(2004年)などで心の旅をセルフカバーした。
  • チューリップのメンバーは、上京時から南青山のアパートで5人全員での共同生活をしていたが、本作のヒットでその生活から解放されることになる[5]
  • 「心の旅」のヒットによって、チューリップは「自分たちの意思とは関わりなくアイドルになってしまった」と財津は語っている[6]。このイメージから離脱することになるのが翌年発売の「青春の影」である。
  • 西鉄宮地岳線(現・貝塚線)では津屋崎駅終着時の車内メロディに使用されていた。

本作を使用した作品[編集]

カバーしたアーティスト[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 富澤一誠『フォーク名曲事典300曲〜「バラが咲いた」から「悪女」まで誕生秘話〜』ヤマハミュージックメディア、2007年、211頁。ISBN 978-4-636-82548-0
  2. ^ a b c d 朝日新聞be』「うたの旅人」2012年7月7日
  3. ^ a b 東京新聞 2015年5月15日夕刊掲載「この道 財津和夫」
  4. ^ 財津和夫オフィシャルサイト BIOGRAPHY '70〜
  5. ^ 東京新聞 2015年5月20日夕刊掲載「この道 財津和夫」
  6. ^ 財津和夫『心の旅、永遠に』河出書房新社、1998年、64頁。ISBN 4-309-01225-6
  7. ^ 当時CM出演していた役所広司が歌っている。

関連項目[編集]

  • 1973年の音楽
  • 心の旅 (アルバム) - 1973年6月5日発売。
  • 春歌 - 春がテーマの音楽を集めたコンピレーション・アルバム
  • 天才バカボン - 原作版「ダジャレ特集6本立てなのだ」の5本目「流行歌」で、ココロのボスがただ延々と旅を続け、チューリップの花を見つけた所で「チューリップの『ココロの旅』」となるオチ。