必殺仕置人殺人事件

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必殺仕置人殺人事件(ひっさつしおきにん さつじんじけん)は、1973年に起きた殺人事件である。事件の加害者が犯行時にテレビ時代劇必殺仕置人』を視聴しており、その番組名を付して事件が報道されたため、同作品および必殺シリーズが影響を受けた。

事件の概略[編集]

1973年昭和48年)6月3日午前1時ごろ、神奈川県川崎市川崎区川崎臨港警察署浜町交番が検問を行っていたところ、運転手A(当時27歳)の乗用車のトランクから女性店員B(当時21歳)の遺体を発見しAを緊急逮捕した。

供述によれば、Aは前日6月2日の夜にを飲んで帰宅したが、Aは自宅のあるアパート2階ではなく、以前から家族ぐるみでのつきあいがあり、アパート1階に住むBの部屋に入り込んだ。AはBと共に、当時土曜日午後10時から東京放送(TBS)で放送されていた時代劇『必殺仕置人』(必殺シリーズ第2作)を見ているうちに性的に興奮し、Bに抱きついたが、Bから拒絶され騒がれたことに激怒し、Bの首を絞めて殺害した。その後何食わぬ顔で妻子のいる自室に戻って就寝したが寝付かれず、翌日午前0時半にBの遺体をシーツに包んで海に遺棄しようとし、検問で事件が発覚したというものであった。

事件の影響[編集]

犯行時に見ていたとするテレビ番組名から、マスコミは『TV「必殺仕置人」に興奮若い女性を殺す』(朝日新聞東京本社)などといった表現で、各マスコミはこぞって『必殺仕置人』とこの殺人事件との関連性を指摘した。さらに同番組に否定的な見解を持つ識者たちは、こぞって同番組および番組制作局の朝日放送(ABC)[注釈 1]を批判。当時、関東地方でのネット局であったTBSは番組の打ち切りまたは残虐な描写の自粛と番組内容の変更をABCに強く要求した。

しかし、被疑者Aは殺害前の時間帯に偶然『必殺仕置人』を視聴していただけであり、それが実際の殺害動機になったわけではなかった。

必殺シリーズチーフプロデューサーを務めた山内久司(のちにABC顧問)によると、当時必殺シリーズのスポンサーだった中外製薬(現在は大衆薬事業ライオンに譲渡)と日本電装(現・デンソー)および、日本電装の親会社のトヨタ自動車がTBSに同番組の放送を中止せぬよう要望したため、番組の打ち切りは回避された。それは当時、トヨタ自動車が「あなたのよく見るテレビ番組は何ですか?」とのアンケートを行ったところ、子会社の日本電装がスポンサーを務める必殺シリーズが上位にランキングされたからだという。

関連の否定[編集]

間もなく、この事件の公判が開かれ、早速、事件と『必殺仕置人』との関連が争点となった。つまり、同番組を見て犯行にいたったのか、そうであれば罪は軽減されるのかということである。公判で被告人となったAは、「俺は、テレビ番組に影響されるような安易な人間ではない。馬鹿にするな」と発言。結果、『仕置人』と事件との関連は否定されたものの、影響は大きかった。

『仕置人』の放送期間の延長話は立ち消えとなり、番組の内容も路線修正が行われ、シリーズ第3作『助け人走る』は、ソフトな内容の時代劇として、「必殺」のタイトルを外して放送されることとなった。また、第4作のタイトルは『暗闇仕留人』であり、「必殺」の名が復活するのは第5作『必殺必中仕事屋稼業』からとなった。また、被告人が事件を起こした日に放送されたのは第7話「閉じたまなこに深い渕」であるが、同話は登場人物がいきなり殺害されるといったストーリーではない。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 当時はネットチェンジ前であったためABC朝日放送はTBS系列局であった。

出典[編集]

参考文献[編集]

関連項目[編集]