応永地震

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応永地震(おうえいじしん)は、1408年1月12日1月21日)(応永14年12月14日)に、京都紀伊伊勢で発生した大地震である[1]

規模と状況[編集]

地震の規模はM7-8と推定されている。鎌倉津波があり、熊野本宮温泉湧出が80日間停止したというが、宝永地震1707年丁亥年)との混同の可能性があり、京都以外の史料は疑問視されている[2]

脚注[編集]

  1. ^ 地震、飢饉、疫病が続発し、南北朝から戦国時代へと乱世が続いた室町時代(福和伸夫) - Yahoo!ニュース” (日本語). Yahoo!ニュース 個人. 2020年10月20日閲覧。
  2. ^ 古代中世地震史料研究会 [古代・中世]地震・噴火史料データベース(β版)