忠類駅

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忠類駅
駅舎は忠類鉄道資料館、駅構内は交通公園となっている(2006年8月6日)
駅舎は忠類鉄道資料館、駅構内は交通公園となっている(2006年8月6日)
ちゅうるい
Chūrui
上更別 (8.0km)
(4.4km) 十勝東和
所在地 北海道中川郡幕別町忠類栄町
所属事業者 日本国有鉄道(国鉄)
所属路線 広尾線
キロ程 50.0km(帯広起点)
電報略号 チウ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
乗降人員
-統計年度-
106人/日
-1981年(昭和56年)-
開業年月日 1930年昭和5年)10月10日
廃止年月日 1987年(昭和62年)2月2日
備考 広尾線廃線に伴い廃駅
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駅構内(2006年8月6日)
1977年の忠類駅と周囲約500m範囲。下が広尾方面。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

忠類駅(ちゅうるいえき)は、北海道十勝支庁広尾郡忠類村(現・幕別町)字忠類にかつて設置されていた、日本国有鉄道(国鉄)広尾線廃駅)である。広尾線の廃線に伴い、1987年(昭和62年)2月2日に廃駅となった。

歴史[編集]

駅構造[編集]

廃止時点で、1面1線の単式ホームを有する地上駅であった。ホームは、線路の南東側(広尾方面に向かって左手側)に存在した[1]。かつては2面2線の相対式ホームを有する、列車交換が可能な交換駅であった。使われなくなった駅舎の反対側の1線は、交換設備運用廃止後も側線として残っていた(但し1983年(昭和58年)時点では、プラットホームは撤去されていた[1])。そのほか、本線広尾方から駅舎側に分岐し駅舎南側のホーム切欠き部分の貨物ホームへの貨物側線を1線、また上記旧交換線である側線の帯広方から分岐し広尾方も接続する側線を1線有していた[1]

職員配置駅となっており、駅舎は構内の南東側に位置しホーム中央部分に接していた[1]

駅名の由来[編集]

当駅が所在した地名より。地名は、アイヌ語の「チウ・ルイ・トープツ」(流れの速い川)に由来する[1]

利用状況[編集]

1981年度(昭和56年度)の1日当たりの乗降客数は106人[1]

駅周辺[編集]

駅跡[編集]

廃駅後は忠類村により旧駅構内が買い取られ、1988年(昭和63年)に「交通公園」[3]として整備され、駅舎は「忠類鉄道資料館」となった[4]。しばらくの間は構内が当時の姿のまま残されていた。その後村が老朽化を理由に公園を廃止し宅地とする、という計画が決定されたが、存続を望む声が多数寄せられ[5]、その結果、駅舎周辺部に規模を縮小しながらも存続している[6]

1999年(平成11年)時点[5]2010年(平成22年)時点[6]2011年(平成23年)時点[7]でも継続して存続している。駅舎、ホーム、レール駅名標などが当時の状態に修復されて保存されている[7]。旧駅舎内には料金表や備品が保存・展示され、線路(側線)上に帯広方から順にワム80000形有蓋車ワム187865トラ70000形無蓋車トラ74718ヨ6000形車掌車ヨ7908、の3両が[4]連結して静態保存・展示されている[7]。上記の規模縮小の結果、レールはホーム端の部分で終わっているが、線路跡が続いている様子も判別できる[7]。なお、現在はホームが多少老朽化しており近づく際には注意が必要である。

隣の駅[編集]

日本国有鉄道
広尾線
上更別駅 - 忠類駅 - 十勝東和駅

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館、1983年7月発行)139ページより。
  2. ^ 書籍『北海道道路地図 改訂版』(地勢堂、1980年3月発行)13ページより。
  3. ^ 交通公園 - 幕別町役場企画室
  4. ^ a b 書籍『全国保存鉄道III 東日本編』(監修:白川淳、JTBパブリッシング1998年11月発行)67ページより。
  5. ^ a b 書籍『鉄道廃線跡を歩くVI』(JTBパブリッシング、1999年3月発行)40ページより。
  6. ^ a b 書籍『新 鉄道廃線跡を歩く1 北海道・北東北編』(JTBパブリッシング、2010年4月発行)88ページより。
  7. ^ a b c d 書籍『北海道の鉄道廃線跡』(著:本久公洋、北海道新聞社、2011年9月発行)189-190ページより。

関連項目[編集]