怒和島

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怒和島
所在地 日本愛媛県
所在海域 瀬戸内海
座標 北緯33度59分0秒 東経132度33分0秒 / 北緯33.98333度 東経132.55000度 / 33.98333; 132.55000座標: 北緯33度59分0秒 東経132度33分0秒 / 北緯33.98333度 東経132.55000度 / 33.98333; 132.55000
面積 4.81 km²
海岸線長 13.5 km
怒和島の位置(愛媛県内)
怒和島
怒和島 (愛媛県)
怒和島の位置(日本内)
怒和島
怒和島 (日本)
Project.svgプロジェクト 地形
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怒和島(ぬわじま)とは、愛媛県松山市の島。松山市北西部、山口県広島県に海をはさんで向かい合う忽那諸島の一部。忽那諸島で最も大きい中島の西にあり、およそ10キロメートル北に広島県の倉橋島がある。

概要[編集]

  • 周囲 13.5km
  • 面積 4.81km2
  • 最高標高 205.7m[1]
  • 南北にやや細長く、島全体が一つの山となっている。中島本島との間のクダコ水道は急流で知られ、まんなかのクダコ島(地図 - Google マップ)にクダコ灯台があり、周囲は潮流にもまれた魚が群れる好漁場となっている。

地名の由来[編集]

怒和は、鎌倉時代の古文書にも見られる古くからの地名である。康応元年3月に足利義満安芸国厳島神社を参拝した際の記録に、安芸国蒲刈島に向かう途中「ぬわ」以下の島々が見えるとある(鹿苑院殿厳島詣記)。

歴史[編集]

  • 1889年 風早郡元怒和村・上怒和村・津和地村・二神村の合併により神和村(じんわむら)となる。役場もこの島におかれていた。この関係で、高齢者には今も「神和では」と口にする人が居る。
  • 1896年 温泉郡となる。
  • 1959年 中島町と合併。
  • 2005年 松山市と合併。

産業[編集]

  • 農業 - 柑橘類栽培。近年、品種改良にて登場した晩柑類(紅まどんなせとかカラマンダリン他)が多種栽培され、高級品として人気が高まっている。また、レモンの島として名を馳せる。その他に玉ねぎ等の野菜も多い。
  • 水産業 - 一本釣り主体に、貝類、海藻類の採取が盛ん。また、各種魚種の海面養殖を試みている。

社会[編集]

  • 集落:元々は一つの集落であったとみられるが、何時の頃からか島の東には上怒和、西に元怒和の2つの集落ができ、離島航路がそれぞれに寄航している。以前には神和村の役場があったため、商店なども数軒ある。
  • 人口:409人(上怒和:175、元怒和:234 2015年7月1日現在)
  • 世帯数:209戸(上怒和:78、元怒和:131 2015年7月1日現在) 
  • 小学校:1校
  • 中学校:1校(2005年3月閉校)
  • 郵便局:上怒和簡易郵便局(上怒和)[2]、神和郵便局(元怒和)[3]

交通[編集]

脚注[編集]

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関連図書[編集]

  • 角川日本地名大辞典編纂委員会編『角川日本地名大辞典38 愛媛県』角川書店、1981年、511頁、911-912頁