恋人よ (五輪真弓の曲)

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恋人よ
五輪真弓シングル
初出アルバム『恋人よ
B面 ジョーカー
リリース
規格 7インチシングル盤
録音 1980年6月
ジャンル J-POP
時間
レーベル CBSソニー
ゴールドディスク
チャート最高順位
  • 週間1位(3週連続、オリコン
  • 1980年度年間56位(オリコン)
  • 1981年度年間8位(オリコン)
  • 1位(3週連続、ザ・ベストテン
  • 1980年度年間32位(ザ・ベストテン)
  • 1981年上半期26位(ザ・ベストテン)
五輪真弓 シングル 年表
約束
(1980年) 
恋人よ
(1980年)
運命(さだめ)
(1981年)
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恋人よ」(こいびとよ)は、1980年8月21日に発売された五輪真弓の通算18枚目のシングルである。五輪のシングルでは最大のヒット曲となり、現在も五輪の代表曲とされている。

解説[編集]

  • 当初、B面に収録されている「ジョーカー」がA面の予定だったが、レコーディングの際に「恋人よ」の方が受けが良かったため、変更となった。
  • この曲は、五輪がデビューした当時のプロデューサーで、この年の春に交通事故死した木田高介のことを思って書き上げた曲でもある。
  • 本作はオリコンチャート週間1位を獲得し(五輪のシングルでは唯一)、100位内には35週間ランクインした。この曲のヒットにより、1980年の『第31回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たしている。
  • 累計売上はミリオンセラーを記録した[1]
  • TBSテレビザ・ベストテン』には、1978年6月に「さよならだけは言わないで」で「今週のスポットライト」コーナーとして出演以来、2年ぶり。「ザ・ベストテン」で10位内のランクインは、本作が唯一だった。1980年11月6日に第10位で登場。同年12月18日でついに首位獲得、12月25日、翌1981年1月8日と3週連続で第1位。同年2月5日の第9位まで合計13週間ランクされるロングセラーとなった。
  • 第22回日本レコード大賞で金賞ではあったものの、大賞は受賞していない。しかも次点ですらなく、当時の業界内でのこの曲に対する評価の低さがうかがえる(大賞は八代亜紀雨の慕情」、次点は五木ひろしふたりの夜明け」)。
  • 同年9月にはアルバム『恋人よ』もリリースされ、オリコン・アルバムチャートで1位を獲得した。

収録曲[編集]

いずれも作詞・作曲:五輪真弓、編曲:船山基紀

  1. 恋人よ
  2. ジョーカー

カヴァー[編集]

日本国外[編集]

  • ベトナムの女性歌手ミータム(Mỹ Tâm)が、2005年にリリースしたアルバム『The Color of My Life』に収録し、ステージでも披露するなど、日本の歌としては同国で最も有名な曲の一つである。北海道テレビ水曜どうでしょう』の「原付ベトナム横断1800キロ」の企画において、現地ガイドや宮廷音楽家たちが知っている日本の歌として「恋人よ(Người yêu dấu ơi)」を挙げている。
  • 香港の歌手アラン・タム(譚詠麟)によって「忘不了你」というタイトルでカバーされている。
  • 韓国の歌手、鄰愛(린애)によって「離別後愛(이별후애 )」というタイトルでカバーされている。
  • 2007年4月には、ロシアの女性デュオARAHISによってカヴァーされた(アルバム『メチター』に収録)。

日本国内[編集]


脚注[編集]

  1. ^ 富澤一誠『フォーク名曲事典300曲〜「バラが咲いた」から「悪女」まで誕生秘話〜』ヤマハミュージックメディア、2007年、583頁。ISBN 978-4-636-82548-0
  2. ^ 宝塚OGによるカバーアルバム第2弾発売決定 昭和の歌謡名曲が男役歴代トップスター達によって蘇る”. Billboard Japan. 2015年4月23日閲覧。
  3. ^ 米倉利紀が初のカバー集で沢田研二、松田聖子、オリラブ、米米らを熱唱”. 音楽ナタリー (20105-08-26). 2015年8月27日閲覧。
  4. ^ JUJU|Snack JuJu Special Site”. JUJU OFFICIAL SITE. 2016年11月15日閲覧。

関連項目[編集]