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愛知県蟹江町母子3人殺傷事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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愛知県蟹江町母子3人殺傷事件
場所

日本の旗 日本愛知県海部郡蟹江町蟹江本町海門[新聞 1]

近鉄蟹江駅から北西約300メートル、蟹江町立蟹江小学校から西方約50メートルの旧来からの住宅街に位置する二階建ての一般住宅[その他 1]。なお事件現場の町名は2010年1月16日以降「愛知県海部郡蟹江町城4丁目」となっている[その他 1]
座標
標的

現場住宅在住の一家3人

家主女性A(事件当時57歳、死亡)[判決文 1]
女性Aの次男B(事件当時26歳、死亡)[判決文 1]
女性Aの三男C(事件当時25歳、負傷)[判決文 1]
日付 2009年平成21年)5月1日深夜 - 5月2日[判決文 1]
5月1日午後9時30分ごろから同日午後10時ごろ[判決文 1] – 5月2日午後0時20分ごろ[判決文 1] (UTC+9)
概要 万引きなどで罰金刑を言い渡されて支払いに困窮した中国人留学生が民家に侵入し、家人の女性と同居していた次男の計2人を殺害・女性の三男1人を負傷させた[判決文 1]
懸賞金 警察庁から捜査特別報奨金制度対象事件に指定されたが解決後に指定取り消し
攻撃手段 鈍器で殴る・刃物で刺す
攻撃側人数 1人
武器

鈍器・鋭利な刃物

死亡者 2人
負傷者 1人
損害 現金約20万円・腕時計1個(時価約1,200円相当)[判決文 1]
犯人 中華人民共和国国籍の男L(犯行当時25歳の三重大学留学生、逮捕当時29歳)
動機 強盗
対処 愛知県警が逮捕[新聞 4]・名古屋地検が起訴[新聞 5]
謝罪 捜査段階・公判段階にて謝罪の言葉
刑事訴訟 死刑未執行
民事訴訟 加害者側に総額約5,600万円の損害賠償命令[新聞 6](死亡した被害者2人の逸失利益約4,550万円+負傷した被害者Cへの慰謝料など約1,050万円)[新聞 7]
管轄 愛知県警察(県警本部捜査一課蟹江警察署
名古屋地方検察庁名古屋高等検察庁
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愛知県蟹江町母子3人殺傷事件(あいちけんかにえちょう ぼしさんにん さっしょうじけん)とは、2009年平成21年)5月1日深夜から翌5月2日昼にかけて愛知県海部郡蟹江町の民家で発生した強盗殺人・同未遂事件である[新聞 1][新聞 8][新聞 9][新聞 4][判決文 1]

後述するように捜査を担当した愛知県警察による初動捜査時の不手際などから捜査が難航したため[新聞 10][新聞 11][新聞 12]、事件から半年以上が経過した2009年12月10日に警察庁は本事件を捜査特別報奨金制度対象事件に指定した[新聞 13]。その後、被疑者として中国人の男(犯行当時25歳の三重大学留学生、逮捕当時29歳)が逮捕された直後の2012年(平成24年)12月9日付で指定期限満了を迎え、指定は延長されることなく同日付で取り消された[新聞 14][新聞 15][注釈 1]

加害者・死刑囚L[編集]

本事件加害者である死刑囚の男L(犯行当時25歳の三重大学留学生、逮捕当時29歳)は、1983年(昭和58年)7月、中華人民共和国(中国)山東省済南市[新聞 18]地方公務員の父親による中流家庭で[新聞 19]一人っ子として生まれた[新聞 18]

2018年(平成30年)10月1日時点で[書籍 1]、死刑判決を不服として上告中の被告人Lは名古屋拘置所収監されている[書籍 2]

生い立ち
経済的に不自由なく暮らし、読書好きな少年だったLは[新聞 20]、地元では成績優秀で地元の大学にも合格していたが、父親から「日本で先進技術を学んではどうか」と留学を勧められたことから[新聞 21]2003年(平成15年)10月に郷里の中国・山東省から留学目的で来日した[判決文 1]
Lは来日後、四年制大学への進学をめざし[新聞 22]京都府京都市内の[新聞 23]語学学校(日本語学校)の1年6カ月コースに入学し[新聞 22]、寮生活を送っていたが、その間の2004年(平成16年)4月・8月には京都府京都市内で2度にわたって万引きをしたとして、窃盗容疑で摘発され、起訴猶予処分を受けた[新聞 22]。語学学校関係者は『中日新聞』の取材に対し「授業料の約100万円は滞納せずに納めており、成績は優秀だった。三重大よりもさらに上の大学に届くぐらいの学力だったが、受験で手続き上のミスをしたため、上の大学には進学できなかった」と語った[新聞 22]
Lは日本語語学学校を卒業後、2005年(平成17年)4月には奈良県奈良市内の[新聞 23]、コンピューター専門学校(2年課程)に入学したが[新聞 18]、後述の三重大学合格を受けて中退した[新聞 18]。当時の授業料は年間65万円余りでLはこれを延滞せずに納めていたが、クラスの成績上位者が選ばれる私費留学生向けの奨学金は受けられなかった[新聞 18]。コンピューター専門学校では「クラスのまとめ役」と評価されていたが、奨学金を受けられないことに不満を抱いており、担任教師に対して何度も「なぜ奨学金を受けられないんだ」と詰め寄っていた[新聞 23]
三重大学入学以降
Lは2006年(平成18年)4月、三重大学三重県津市)に留学生として入学し、それ以降同大学に在学していた[判決文 1]
Lは当時、国の支援を受けない私費留学生として年間約34万円の授業料を払っており、津市内の大学キャンパス付近の木造平屋アパート(家賃1万数千円)で一人暮らししつつ、地域文化論を学んでいた[新聞 24]。三重大入学後、Lはコンピューター専門学校在学当時の担当教師に対し、「なぜ自分は奨学金を受けられないのか。そのせいで金に困り、コンビニエンスストアの廃棄弁当を漁って食べるような生活を送っている」という内容の手紙を送っていた[新聞 18]。そのため、母国の両親から仕送りを受けつつ、大学付近の飲食店などでアルバイトをして生活していたが、事件前には体調を崩して働けなくなった[新聞 25]
しかし三重大の学生時代は学費滞納を繰り返し、前期・後期ごとに大学側から何度も支払いの督促を受けており[新聞 20]、所属ゼミの教授は「大学の会計担当者から督促依頼が来ており、会計が退学をちらつかせてようやく支払う状態だった」と証言した[新聞 23]。Lは入学後最初の2年(2006年度・2007年度)こそ半年ごとに授業料を納付していたが、2008年度から2010年度にかけての3年間は、いずれも期限直前の3月下旬に前期・後期分を一括納付していた上、2008年には三重県の私費留学生奨学金を申請したが、成績不良などを理由に認められなかった[新聞 23]
これに加えて三重大在学中は、アパートの家賃も滞納するなど、生活費に困窮しており、成績も悪く、授業に来ないことも多かった[新聞 22]。結局、事件のあった2009年度は2単位しか取得できなかったが、入学5年目となる2010年度には授業に出席するようになり、2011年3月に卒業した[新聞 23]

事件の経緯[編集]

事件前の動向[編集]

来日直後から万引きなどの窃盗事件を繰り返していたLは、津市内でも食料品・衣類などの万引きを繰り返した[新聞 22]

事件前年の2008年(平成20年)12月31日、当時大学3年生だったLは、高級食材を万引きする窃盗事件を起こし[判決文 1]三重県警察津警察署に摘発され[新聞 26]、その後20万円の罰金刑を受けた[新聞 12][新聞 22]。これに加え、翌2009年2月8日、セーラー服のコスチュームを万引きしようとした窃盗未遂事件を起こし、検挙された[判決文 1]

これに加えてLは、出席日数不足・成績不振などの理由から[新聞 24]、事件発生年の2009年4月には留年し、4年生に進級できなかった[新聞 27]

2009年4月27日、各事件について検察庁で取調べを受けたLは、検察官から「罰金刑を科される見込みである」、「罰金を納めない場合には労役場に留置される可能性がある」と説明を受けた上で、略式手続による処分を受けることに同意した[判決文 1]

Lは「罰金を支払えず労役場に留置されると、大学を退学処分になり自分の人生が終わってしまう。そうなれば日本への留学のために経済的負担を掛けた両親の期待を裏切ってしまう」などと考えた[判決文 1]。当時、Lの銀行口座の貯金残高は1000円未満だった[新聞 28]

そこでLは当初、罰金を支払う資金を得るため、愛知県名古屋市内で通行人から金品を奪う路上強盗を思い付いた[判決文 1]。その際、相手から追跡された場合に捕まらず逃げ切るために、「武器を使って相手を脅したり、殴ったりしよう」と考えた[判決文 1]

そのため事件当日の2009年5月1日、Lは自宅からモンキーレンチ(金属製・重量約635g)・片刃のネジ付きスライド式クラフトナイフ(刃渡り約6cm、重量約50g)を、それぞれをかばんに入れて携帯した上で、パーカー・マスクを着用して名古屋市内に出掛けた[判決文 1]。Lは同日、名古屋駅周辺で路上強盗をする相手を探したものの、犯行のターゲットを見つけることができなかったために犯行を断念し、近鉄名古屋駅近鉄名古屋線)から帰りの電車に乗った[判決文 1]

乗車中、電車内で乗客女性に目を付けたLは、この女性を狙ってひったくりをしようと考え、女性が降りた近鉄蟹江駅で後を追って降車したが[判決文 1]、女性が乗用車で立ち去ったため[新聞 19]、犯行は結局失敗した[判決文 1]。Lはその後もひったくりをする相手を見付けられなかったために犯行を断念し、近鉄蟹江駅へ向かい、被害者A方付近を歩いていた[判決文 1]

現場侵入・一家殺傷[編集]

2009年5月1日午後9時30分ごろから同日午後10時ごろまでの間に被害者A宅付近を通りかかったLは、A一家の飼い猫が施錠されていなかった玄関からA方に入るのを見た[判決文 1]

家の玄関ドアが少し開いていることに気付いたLは、A宅に近付くと、リビングには照明が点灯しておりテレビも点いていることを確認した[判決文 1]。しかし、玄関ドアの隙間から屋内の様子を伺ったところ、玄関の照明は消えており、中に誰もいなかった[判決文 1]

そこで「A宅で金品を窃取しよう」と考えたLは、土足で玄関ドアからA宅に侵入し、照明が点灯していたリビング・廊下を挟んで反対側の照明が点灯していなかった和室に入った[判決文 1]。和室内に侵入したLは室内を観察し、室内にあったコートなどのポケットを調べるなどして金品を物色した[判決文 1]

被害者Aを殺害(強盗殺人罪)
するとLの背後から、家主の女性A(事件当時57歳、死亡)が、Lを問い質すような声を掛けた[判決文 1]。Aは三男Cが5月1日午後8時ごろに外出した際には自宅にいた[新聞 29]
これに驚いたLは玄関から逃走しようとしたが、Aに服を掴まれた[判決文 1]。この時Lは、全力でAから逃げようとすれば逃げることはできたが、「(金を手に入れる)最後のチャンス」と大金を手に入れることを諦めきれなかったため、Aから逃げなかった[判決文 1]
そして金品を強取することを決意した上で、殺意を持ってAの頭部を多数回持っていたモンキーレンチで殴るなどして、頭蓋骨骨折・脳挫傷などによる外傷性脳障害によりAを死亡させて殺害した(強盗殺人罪)[判決文 1]
モンキーレンチで襲われた後も、Aはしばらく息があり「誰か」と声を上げたが、Lによって首に紐を巻き付けられてとどめを刺された[新聞 30]
被害者Bを殺害(強盗殺人罪)
LがAに対し暴行を加えていた最中、Aの次男B(事件当時26歳、死亡)が母親Aを助けようとLに飛び掛かった[判決文 1]。Bは事件1週間前、勤務先のケーキ店で同僚だった交際相手女性と婚約していた[新聞 31]。事件前日(2009年4月30日)、Bは交際相手女性を家に泊めており、事件当夜には仕事後に女性から「今日も泊まっていい?」と尋ねられたが、Bは「連続になるからやめておこう」と女性を帰宅させていた[新聞 31]
Lはそのままリビング・和室などで[判決文 1]、Bと約1時間にわたって揉み合いになり[新聞 30]、この時に着けていたマスクが外れたが、Lは自己の後頭部を勢いよくBの頭部にぶつけたことで優勢となり、Bの服をまくり上げて近くにあった電気コードでBの両手を縛り上げた[判決文 1]
マスクが取れてしまい「Bに顔を見られた」と思ったLは「Bを殺すしかない」と考え、A宅の台所にあった包丁(刃渡り約17.2cm)を持ち出し、殺意を持って包丁でBの左背部を数回突き刺すなどして、被害者Bを左肺動脈切断による出血性ショックにより死亡させて殺害した(強盗殺人罪)[判決文 1]。Bの殺害に使用された包丁は刃全体が反り曲がっていた[判決文 1]
被害者Cを襲撃(強盗殺人未遂罪)
A・B両被害者を殺害したLがA宅の床の血痕・足跡を拭き取ったり、血液の付着した衣服を洗濯したりして証拠隠滅を図っていた途中、日付が変わった2009年5月2日午前2時25分ごろになってAの三男C(事件当時25歳、負傷)が帰宅した[判決文 1]。Cは事件発生数時間前にいったん帰宅していたものの同僚との飲み会に参加するために外出し、2日午前2時半ごろに帰宅した[新聞 32]
Cの帰宅に驚いたLは、玄関に座ってブーツを脱いでいたCを背後から殺意を持った上で、首やその周辺などを立て続けにクラフトナイフで数回突き刺し、死亡させるには至らなかったものの全治2週間の怪我を負わせた(強盗殺人未遂罪)[判決文 1]。Cはこの状況を公判で「玄関でブーツを脱いでいたら、背後の廊下を勢いよく走る足音が聞こえた直後、後頭部に強い衝撃が2,3回走り、振り返ると暗がりに人影があった」と証言した[新聞 32]
刺されたCは背後を振り返り、廊下に立っていたLを取り押さえようとして揉み合いになった[判決文 1]。2人が和室へ雪崩込んだところCがうつぶせの状態になり、その上にLが覆いかぶさる形となった[判決文 1]。両者はクラフトナイフを奪い合い、一時は反撃したCがLの足を刺すなどした後、両者の話し合いによる結果、Lはクラフトナイフを離れた場所に投げ捨てた[判決文 1]
帰宅から約30分後、Cは負傷しつつもLに「出て行け」と迫ったが、Lは「まだやることがある。血を拭いたり、指紋を消したりする」と拒否し[新聞 32]、Cの手首を電気コードで縛った上でCの着ていたパーカーをまくり上げると、ガムテープを使用してCの頭を覆うように目隠しをし[判決文 1]、抵抗不能な状態に陥ったCを床に寝転がした[新聞 32]
Cを縛りつけたLは[判決文 1]、Cに「殺さないでくれ」と命乞いをされたことや、顔を見られていなかったことから殺害を思い留まり[新聞 30]、Cにそれ以上の暴行を加えることはなかったが、A宅を離れるまでにCを解放したり、怪我を治療したりするなど、救助するような行動は一切取らなかった[判決文 1]。Lはその間、いったんCのそばを離れて現場の物色・証拠隠滅をした後、約1時間後になってCに「金はあるか」と尋ねたが[新聞 32]、Cが「うちには金はない」と答えたことに対し、Lは「家に入って女性(A)に見つかった。揉み合っているとき、男性(B)が入ってきて…ごめん」と告げた[新聞 32]。Lのこの言葉からCは母親A・兄Bが死亡したことを悟った[新聞 32]
その後Cは何度も意識が途切れ、洗濯機が動く音など以外については公判で「特によく覚えていない」と証言した[新聞 32]。その間もCはLに対し「早く出て行け」と迫ったが、Lは「俺もそうしたいが今は無理だ。(自分も)怪我をしていたから、(傷口からの出血が止まるまでに)時間がかかる」「逃げてもすぐに見つかる。服も着替えないといけない」という趣旨の発言をして拒否し、その後「手足の血が止まった」という趣旨の発言をした[新聞 33]。この他、LはCに対し「2、3日寝ていない」[新聞 34]、「金がない」「金はどこだ」などのように金銭のありかを尋ねる発言、「あと誰がいる?」という家族構成を尋ねる発言をしていたほか、「無理」などの若者言葉を多用しており、「は」「を」などの助詞を抜いた言葉遣いをしていた[新聞 35]
そしてLは逃走するまでの間に床に付着した血痕・足跡を拭き取ったり、血液の付着した衣服を洗濯したりするなどして証拠隠滅工作を行った上で、縛られたCに「金があるのか」と尋ねた上で財布を発見し、入っていた現金を奪い取るなどした[判決文 1]。後述のように警察が駆け付ける前の2009年5月2日早朝、母親Aの知人が現場宅を訪れて家の玄関のインターホンを押した[新聞 34]。Cがこの際「出てもいいか」とLに尋ねると、Lは「まだやること(現場の血痕を拭き取るなどの証拠隠滅・現場偽装)が残っている」「掃除している」などと述べ、Cが玄関に出るのを制止した上で[新聞 34]、Cに布団をかぶせて声を出せない状態にした[新聞 36]
Lは長時間にわたり物色を続けた結果、A・B・C所有の現金約20万円・腕時計1個(時価約1,200円相当)を強取し、現場から逃走した[判決文 1]。Lにナイフで刺されるなどした結果、Cは一命こそ取り留めたものの全治約2週間の怪我を負った[判決文 1]
A・B両被害者の検死・Cの診断結果
司法解剖・検死の結果、死亡した被害者Aの遺体の顔面には上顎骨の粉砕骨折を伴う挫創1か所・刺切創5か所が確認された[判決文 1]。これに加えて遺体の頭部には頭蓋骨の欠損・陥没骨折・切痕を形成するものや、頭蓋骨を貫通して脳に達したものを含めて19か所の挫創、遺体の頸部には索条痕がそれぞれ確認された[判決文 1]
同じく死亡した被害者Bの遺体左背部には刺創・刺切創が合計4か所確認されたが、そのうち最も重篤な傷は深さ約11.5cm・長さ約4.9cmで、左肺・左主気管支後面・左主肺動脈を損傷するものだった[判決文 1]
負傷した被害者Cの後頸部・背部にはそれぞれ3か所ずつ刺創が認められ、警察官により保護された2009年5月2日午後0時55分ごろの時点でもそれらの傷口は開いたままでわずかに出血が続いていた[判決文 1]。その中でも最も重篤な後頸部の刺創は、正中線のほぼ真上に位置しており、傷口の長さ約2.7cm、深さ約6cmとかなり深いもので、この傷口は頸椎にまで達しており、少し受傷部がずれていれば頸動脈などの重要器官を損傷して致命傷となっていた可能性が高かった[判決文 1]。その他の刺創も頸椎に達しているものがあるなど、いずれも一歩間違えば致命傷となりかねない傷だった[判決文 1]

初動捜査[編集]

2009年5月2日、事件発覚、殺人容疑で捜査開始
2009年5月2日朝、次男Bの勤め先の洋菓子店上司が、Bが出勤しないことを不審に思ったため、愛知県警察蟹江警察署員を同伴し、同日午後0時20分ごろにA宅を訪ねた[新聞 9]。この時、自宅に様子を見に行ったBの婚約者女性(同僚)はカーテンに血液が付着していることに気付いた[新聞 31]
駆けつけた警察官が家の中に声を掛けていたところ[新聞 31]、首の後ろ・背中を刺されて負傷した三男Cが[新聞 9]、Lの気配がないことに気付いたため[新聞 32]、両手首を縛られた状態で施錠されていた玄関の鍵を開けて家の玄関から飛び出してきた[新聞 9]。A宅の玄関付近に来ていた署員は間もなくCを保護した上で[判決文 1]、「休んでいてください」と付近に待機させた[新聞 37]。Cはこの時蟹江署員に対し「強盗に入られた、助けてください。家の中で2人死んでいます。犯人は逃げました」と伝えた[新聞 36]
その一方でLは、1階南側の玄関ドア隙間から上がり框でうずくまっていた姿が蟹江署員により確認された[新聞 36]。しかしこの時、蟹江署員はLを被害者だと思い込み玄関先から「出てきてください」と声を掛けた[新聞 36]。その後、署員が2分間ほど無線で連絡を取っていた間に[新聞 36]、Lは隙を見てA宅から逃走した(#初動捜査における数々の不手際[判決文 1]。署員は訪問時、1回北東側の勝手口が施錠されているのを確認したが、Lが逃走した後の現場検証では解錠されていたことが判明した[新聞 36]
警察官らが屋内に入ったところ、1階の和室で次男Bが上半身裸・うつぶせの状態で倒れているのが発見された[新聞 9]。この時点で既に意識不明状態だったBは刃物で背中を少なくとも2か所刺されており、病院に搬送されたが間もなく死亡が確認された[新聞 1]。事件現場は近鉄名古屋線近鉄蟹江駅から北西約500mの閑静な住宅街で、地元住民からは「まさかここで殺人事件が起きるなんて」と驚きの声が上がった[新聞 8]
愛知県警は当初、本事件を殺人事件と断定して捜査本部を設置した上で捜査を開始した[新聞 9]。捜査本部が被害者Cを事情聴取したところ、Cは「帰宅直後、靴を脱いだところを突然背後から1人の男に襲われた。抵抗していたが、飲酒していたために酔いが回って意識を失い、警察官が来たことで目を覚ました」と証言した[新聞 9]。その上で男の特徴についてCは「片言の日本語だった」と話した上で、「男と揉み合いになった際、和室で兄Bとみられる男性が倒れていた」と証言した[新聞 9]
2009年5月3日、被害者Aの遺体発見、強盗殺人容疑に切り替え
2009年5月3日朝から、愛知県警蟹江署に設置された特別捜査本部が改めて現場検証を行った[新聞 29][新聞 38]。その結果、Bが倒れていた1階和室の押し入れ下段から行方不明となっていた母親Aの遺体が毛布がかぶせられた状態で押し込められているのが発見された[新聞 29]。特捜本部は当初、Bが遺体で発見された和室の物的証拠・微物の収集を優先して押し入れの中は目視確認にとどめていたため、Aの遺体発見に時間がかかった(#初動捜査における数々の不手際[新聞 29]
遺体の状況から「AはBとほぼ同時刻に後頭部を激しく殴られたり、背中を刃物で刺されるなどして殺害された」と推測された[新聞 29]。これに加えて、家の中から凶器とみられる包丁が血を洗い流した状態で見つかった[新聞 29]。発見された包丁は犯人が激しく被害者らの体を刺したためか、刃が柄から外れていた[新聞 39]。また負傷した三男Cは「襲ってきた男が自分に対し『金はないか』と聞いてきたので、『うちには金はない』と答えた」と証言した[新聞 29]。そのため愛知県警は、捜査容疑を殺人罪から強盗殺人罪に切り替えた上で特別捜査本部を設置し、本格的な捜査を開始した[新聞 29]
現場検証の結果「侵入が可能な出入口は1階玄関・勝手口」と推測されたが、事件当時の施錠状況は不明だった上、和室・1階廊下以外には目立った血痕は確認されなかった[新聞 29]。この他玄関内には、Cのものとみられる現金入りの財布・紙幣数枚が落ちていた[新聞 29]。特捜本部は、室内から奪われたものがないか確認を進めるとともに、一家に何らかのトラブルがなかったかを調べた[新聞 29]
同日、最初に遺体で発見された被害者Bの遺体を司法解剖した結果、死因は出血性ショックと断定された上、背中の傷の一部が肺にまで到達していたことが判明した[新聞 29]
2009年5月4日、被害者Aの遺体発見、強盗殺人容疑に切り替え
2009年5月4日、蟹江署特捜本部が女性Aの遺体を司法解剖した結果、死因は頭を鈍器で殴られた外傷性脳障害であることが判明した[新聞 40][新聞 41]
A・B両名の遺体はともに顔が腫れて皮下出血が確認された上、何度も殴られるなど執拗な暴行を加えられたような痕跡が確認された[新聞 40]
特にAの後頭部は著しく骨折していたほか、紐状のもので首を絞められた痕(索状痕)が確認された[新聞 40]。その一方でAの背中の傷は当初「刃物で切り付けられたもの」と推測されていたが、司法解剖により「鈍器で殴られた際にできたもの」であることが判明した[新聞 40]。一方でBの背中の複数の刺し傷は、A宅の洗面所で見つかった血を洗い流された包丁と刃型が一致した[新聞 40]
また現場検証の結果、玄関近くの廊下からAを殺害したと凶器とみられるモンキーレンチが発見された[新聞 39]。これに加えて室内から、Aが飼っていたペットの猫が死んでいるのが見つかった[新聞 40]。現場検証ではこの他、室内から一家3人それぞれの預金通帳・財布が発見され、Cが所有していた玄関ドアの鍵も屋外敷地内で発見された[新聞 40]
同日、三男Cは特捜本部の事情聴取に対し以下のように証言した。
  • 帰宅直後に見覚えのない男1人に背後から刃物で襲われ、電気コードで両手を縛られ、粘着テープで口をふさがれた[新聞 40]。着ていたパーカーで犯人に顔を隠されたため、犯人の顔は分からない[新聞 42][新聞 43]
  • 犯人に両手を縛られた際、海部地域とは違うイントネーションの日本語で現金を要求された[新聞 40]
  • 犯人は日本語を話しており、外国語っぽいイントネーションはなかった[新聞 42][新聞 43]
2009年5月7日、洗濯機から血液が付着した衣服発見
2009年5月7日、特捜本部が現場検証を行った結果、A宅の洗濯機に血液が付着した衣服が入れられていたことが判明した[新聞 39][新聞 44]
血液の付着した衣服は既に水洗いされた衣服の上に投げ入れられていたことから「一家の誰かが洗濯機を使った後で犯人が血液の付着した衣服を上から投入した」と推測された[新聞 39]
また、洗面所にも血液が付着した複数の男女の衣服があったが、いずれも誰が着ていたものかまでは判明しなかった[新聞 39]。そのため特捜本部は、後述のように「犯人も被害者らと揉み合いになった際に負傷した可能性が高い」として採取した血痕の鑑定を進め、犯人の衣服が残っていないかどうかを調べた[新聞 39]
これに加えて浴槽の毛布などには血液を洗い流した形跡が確認されたほか、浴槽に残っていた水がピンク色に染まっていた[新聞 39]。また2人の遺体が発見された和室・廊下を挟んで向かい合う位置にある居間には、血痕を拭った跡が確認された[新聞 39]
特捜本部の現場検証・三男Cの証言から以下の事実も判明した[新聞 39]
  • Bを殺害したとみられる包丁は刃が柄から外れていたことから、犯人が被害者らを激しく突き刺しているうちに自らも手を負傷した可能性が高い[新聞 39]
  • 事情聴取に対しCは「犯人に襲われた際、もみ合ううちに包丁を奪って振り回したが、その際に犯人に当たったかもしれない」と証言した[新聞 39]
  • 5月1日午後9時ごろ、Aが自宅の電話を使用し、友人と会話していた[新聞 39]
同日午後、死亡したA・B両名の葬儀が、蟹江町内の斎場にて密葬で営まれた[新聞 39]。葬儀には、負傷して入院中だったCをはじめ、A一家と別居中の長男・親族など、ごく親しい知人が参列した[新聞 39]
2009年5月8日、犯人が現場から逃走したことが判明
2009年5月8日までの捜査の結果、事件発覚時にA宅にいた若い男が、蟹江署員が目を離していた隙に勝手口から逃走していたことが判明した[新聞 36][新聞 37][新聞 45]
また室内から見つかった財布3つにはすべて紙幣が入っていなかったことが判明した[新聞 36][新聞 45]
2009年5月9日、夕食を犯人が食べた痕跡確認
2009年5月9日までの捜査の結果、殺害されたAが作り置きしていた夕食を犯人が食べていた可能性があることが判明した[新聞 46][新聞 47]
Aの胃の内容物には1階の食卓に残されていた夕食と一致するものがあったことから特捜本部は「Aは夕食後に殺害された」と推測していたが、食卓にはA・B・C以外の第三者が食事をしたとみられる形跡が確認された[新聞 46]
これまでの捜査の結果、犯人は室内に10時間以上とどまっていたとみられたため、特捜本部は食卓の食器に付着した指紋・唾液など、犯人への手掛かりとなる物的証拠の鑑定を進めた[新聞 46]
これに加えて現場1階の和室で発見された、Cを襲撃した際の凶器とみられる血液の付着した小刀は、犯人が持ち込んだ可能性が高いことも判明した[新聞 46]
なお5月3日の現場検証では「現場に土足痕は確認されなかった」と発表されていたが[新聞 29]、その後特捜本部が改めて現場検証を行った結果、1階廊下など室内複数個所から犯人のものと思われる土足痕が発見された[新聞 46]

初動捜査における数々の不手際[編集]

Lの逃走について愛知県警は「住民は殺人事件として警戒しており二次被害発生の心配はない。判明している情報は『黒っぽい服装の男』というだけであるため、それだけでどれだけ情報が集まるかも不明だ」として「捜査上の秘密」と判断し、後に『中日新聞』・『東京新聞』(いずれも中日新聞社)が事件6日後の2009年5月8日付紙面で報道するまで、1週間近くもこの事実を公表しなかった[新聞 48]。県警がひた隠しにしていたこの事実が知れ渡ったのは、捜査の進め方に不信感を抱いていた捜査関係者に『中日新聞』社会部記者・平田浩二が接触し、取材内容を同紙が「特ダネ」として報道したことがきっかけだった[新聞 49]

特捜本部は当初「顔見知りの犯行」と推測して初動捜査に当たったが、途中から「見ず知らずの何者かによる犯行」と見方を変えたために捜査は後手に回った[新聞 48]。これに対し、『中日新聞』に情報をリークした捜査関係者は同紙取材に対し「初動捜査で判断を誤った」と指摘した[新聞 48]

一連の対応について特捜本部長・立岩智博(愛知県警捜査一課長)は「結果的に犯人かもしれない不審者に逃走されたが、当初は被害者Cの治療・現場保存などを行う必要があり、初動捜査にミスはなかった。男の情報は事件の重要な目撃情報であるため公表しなかった」とコメントしたが[新聞 36]、結果的にこのような不手際の数々が事件解決を遅らせる原因となった[新聞 11]

また被害者Aの遺体は毛布を掛けられた状態で押し入れに隠されていたが、事件発覚当日に現場室内に入った捜査員は、Aの遺体が入っていた押し入れのふすまを開けたものの、毛布をめくり上げるなどの行為はせずに目視にとどめたため、Aの遺体を発見できず[新聞 48]、Aは当初の警察発表で「行方不明」と発表された[新聞 11]。この点について特捜本部は『中日新聞』の取材に対し「物的証拠・遺留品に神経質になっている」として、現場保存を優先する近年の捜査傾向を明かした[新聞 48]

しかしAの遺体は毛布をめくれば簡単に発見できる状態だった上、負傷した三男Cは助けを求めた際「中で2人死んでいる」と発言していたことから、『中日新聞』に情報をリークした捜査関係者は「殺人事件の現場に立つ経験が長ければ、大量の血痕を見て『もう1人遺体がある』と思うはずだ」と苦言を呈した[新聞 48]

また、特捜本部が「犯人の着ていたとみられるパーカー」を一般に公開したのは事件発生から約2週間後の2009年5月15日だった[新聞 50]

愛知県民からの信頼が揺らぐこととなった一連の初動捜査ミスに対し、『中日新聞』2009年12月28日朝刊愛知県内版記事(記者:藤沢有哉・伊藤隆平)は「犯人逃走はすぐ地元に知らせる必要があったし、住民の記憶が薄れた時期の証拠品公開は効果が薄い。埋もれた有益な情報を引き出すには、情報公開で大勢の目を事件に向けさせ、理解・協力を得ることが不可欠だ。『情報を選別した上で、捜査に重大な支障が出るもの以外は迅速に公開する』という姿勢が県警には欠けていた」と指摘した[新聞 50]

難航する捜査[編集]

2009年5月10日、Cの運動靴消失が判明
2009年5月10日までの捜査の結果、A宅の玄関にあったはずのCの運動靴1足が消失していたことが判明した[新聞 51][新聞 52]。その一方で玄関に家族以外の靴は確認されなかったが、運動靴とみられる土足痕が室内の数か所で確認されたほか、スリッパなど多くの足跡が残っていた[新聞 51]
このため捜査本部は足跡の識別による特定を急いだ上で、「犯人は証拠を残さないよう、被害者Cの靴を盗み出し、自分の履いていた靴を持って逃走した」と推測して調べを進めた[新聞 51]
これに加えて現場からは、大量の使用済み粘着テープが発見された[新聞 51]。粘着テープは、前述のように犯人がCを拘束する際に使用されたが、Cは警察に保護された際、自力で外していた[新聞 51]。特捜本部は、粘着テープに犯人の指紋などが残っていないか調べるため、慎重に鑑定を進めた[新聞 51]
2009年5月13日、犯人の遺留品と思われる上着発見
2009年5月13日までの捜査の結果、玄関付近で濡れたウィンドブレーカーが発見された[新聞 53][新聞 54]
このウィンドブレーカーは暗い黄緑色で、サイズは家族の衣服より大きく、生存した三男Cも「見覚えのないものだ」と証言した[新聞 53]。また「犯人は3人を殺傷した際にウィンドブレーカーに返り血を浴びたり、自身も怪我をして血液が付着したため、血液の付着したウィンドブレーカーを水で洗った可能性がある」と推測されたため、捜査本部は犯人の遺留品の可能性があるとして販売ルートを調べつつ、毛髪などが付着していないかを確認した[新聞 53][新聞 54]
また同日までに、家族のものとみられる(前述のように盗まれたCの運動靴とは別の)靴の片方だけが浴槽内で発見されていたことが判明した[新聞 55]。この靴は男物の片方で、水を張った浴槽に、タオル・毛布などとともに投げ込まれていた一方、もう片方は玄関にあった[新聞 55]
2009年5月14日、被害者一家と異なるDNA型検出
2009年5月14日までの捜査の結果、室内で発見された遺留物の中に、被害者母子とはいずれも異なるデオキシリボ核酸(DNA)型が検出された[新聞 56][新聞 57]
犯人が食べたとみられる夕食の食べ残しがあった食器(廊下に落ちていた味噌汁の椀)に付着した唾液から検出されたDNA型を鑑定した結果、A・B・Cの一家3人や別居中のAの長男・四男のいずれとも異なるDNA型が検出されたため[新聞 56]、特捜本部はそのDNA型を警察庁のデータベースで照会したが、この時点では合致する型は発見できなかった[新聞 58]
特捜本部はこれまでに、犯人が殺傷に用いた凶器とみられる包丁・モンキーレンチ・小刀や、水を張った浴槽・洗濯機の中から発見された血液の付着した毛布・衣類などを鑑定し、犯人の唾液・皮膚片などが付着していないか分析しつつ、採取した血痕などとともにDNA型を鑑定していた[新聞 56]
その一方、現場の複数個所からは手袋の跡が見つかった一方、遺留品からは犯人のものとみられる指紋は発見されなかった[新聞 56]。そのため特捜本部は「犯人は犯行当時手袋をはめていた可能性がある」と推測して捜査を進めた[新聞 56]
2009年5月15日、犯人遺留品の上着を一般公開
2009年5月15日、蟹江署特捜本部は犯人が室内に残し、玄関付近で濡れた状態で畳まれて放置されていた遺留品のパーカーを一般公開した[新聞 58]
パーカーは名古屋市中村区内の業者が「PRIMAL POINT」のブランド名で約11,000着を中国で製造し[新聞 59]、2003年末から2004年初めにかけて、中部地方の82店舗を含めた全国の商業施設で1,000円前後で販売されていた灰色の男性用LLサイズパーカーで、胸には「WHO involves」と印刷されていた[新聞 58]。このうち、遺留品と同色・同サイズのものは約450着が流通していた[新聞 59]
被害者一家の関係者が、特捜本部に対し「見覚えがない」と証言したため、犯人の遺留品と判断した[新聞 58]
パーカーは汚れ・においが著しかったことから特捜本部は「犯人の男は事件当時、屋外生活を送っていた可能性が高い」という見方を強めた[新聞 58]。また濡れた状態で発見された点について、「犯人は事件後、パーカーを洗濯することで付着した血液を落とし、証拠隠滅を図った」と推測された[新聞 58]
その上で特捜本部はパーカーを鑑定し、汗・血痕の付着の有無について調べた[新聞 58]
2009年5月17日、2階から血液反応・遺留現金発見
2009年5月17日までの蟹江署特捜本部の捜査の結果、2階にも新たに血液反応が確認された上、現金が残されていたことも新たに判明した[新聞 60][新聞 61]
2階には、殺害された被害者B・負傷した被害者Cの部屋があったが、現場検証の当初、目視可能な大きさの血痕は発見されなかった[新聞 60]。その一方、室内で争ったり家具が荒らされたりしたような痕跡も確認されなかった上、Bの部屋には現金が手つかずで残されていた[新聞 60]
しかし改めて現場検証を行った結果、少量の血液反応が確認された[新聞 60]。前述のように、犯人の遺留品のパーカーは汚れ・臭いが著しいことから愛知県警は「犯人はAもしくはBを殺害した後で2階に上がり、下着などの着替えを探した可能性がある」と推測して捜査を進めた[新聞 60]
また被害者一家の血液型はいずれもA型だったため、特捜本部は家族以外の血痕がないか血痕の鑑定を進めた[新聞 60]
これに加えてベランダに面したCの部屋には、取り込まれた多数の洗濯物が積まれていたことから、捜査本部はCから部屋からなくなったものがないか確認するとともに、他にも犯人の遺留品がないか調べた[新聞 60]
同日夜までに現場検証がすべて終了したため、現場宅の周辺数十メートルの範囲に愛知県警が張っていた規制線が撤去された[新聞 62]
2009年5月31日まで
事件から1カ月となる2009年5月31日までの捜査の結果、遺留品などから犯人のものとみられる指紋は採取されなかった一方、現場室内からA宅にはないはずの作業用手袋の跡が発見されたことが判明した[新聞 63]
また、被害者Aを殺害したとみられるモンキーレンチを調べた結果、一般家庭ではあまり使われない工業用レンチだったことも判明した[新聞 63]。このレンチは県外の有名メーカーが生産し、全国向けに流通したものだった[新聞 63]
以上の点から蟹江署特捜本部は「犯人はA宅に侵入する事前にレンチ・手袋を用意した上で犯行に及んだ可能性が高い」と推測し、レンチの流通経路・同型のレンチを紛失したり、盗難されたりした事業所の有無などについて調べた[新聞 63]
「現場から(後に犯人Lと判明する)男の逃走を許す」「被害者Aの遺体発見が遅れる」「遺留品の公開・警察犬の投入などが遅れる」などさまざまな不手際で捜査が後手に回ったことにより、事件発生から1カ月が経過したこの時点でも犯人像・犯行目的は絞り込み切れず、捜査は難航した[新聞 48][新聞 64]
それまでの捜査で浮上した不可解な点
  • 犯人はCに「金はないか」と迫り、家族3人の財布から紙幣を奪ったが、Bの部屋から現金数十万円が発見され、玄関には1万1000円分の紙幣が落ちていた[新聞 63]
  • 犯人が室内に10時間以上滞在していた可能性が高いにもかかわらず、犯人が2階を物色した形跡がない[新聞 48]
  • 証拠隠滅・現場偽装を入念に図ったかのように思える点と、ずさんな面がそれぞれ確認された[新聞 48]。この点について捜査幹部は「犯人は犯行後、現場を事件前のように装い、証拠隠滅を図ったが、息子たちが相次いで帰宅した上、最後に警察官が来たため、中途半端なまま逃走した可能性が高い」と指摘した[新聞 48]
    • Aを殺害したとみられる居間は床の血痕が拭われており、Aの遺体は血液を拭き取った上、和室の押し入れに隠されていた[新聞 48]。水を張った浴槽に、血液が付着したタオル・毛布などが入っていた[新聞 48]
    • その一方、3人を襲ったモンキーレンチなどの凶器・犯人が着ていた可能性が高いパーカーなどが室内に残されていた[新聞 48]
  • Aが作り置きしていた夕食の味噌汁を犯人が飲んだ痕跡がある[新聞 48]
  • 被害者Aの飼い猫が殺されている一方、犯人の顔を見た可能性があった上、声も聞いたはずの三男Cは殺害されなかった[新聞 48]
2009年6月 - 12月、新事実判明・捜査特別報奨金制度対象事件に指定
2009年7月3日までの捜査の結果、以下の2点の新事実が判明した[新聞 65]
  • 刺殺された被害者Bの腕時計が室内から無くなっていた[新聞 65]。捜査本部は「腕時計は犯人が奪った後、古物商で売った可能性がある」と推測して、腕時計が全国の古物商などに持ち込まれていないか調べた[新聞 65]
  • 被害者Aを撲殺した際の凶器とみられるモンキーレンチは、新潟県の工具メーカーが2005年末ごろに製造した、全長31.5cm、重さ650gの業務用大型レンチで、約3000本製造され、全国で販売されたものだった[新聞 65]
三男Cは2009年10月3日までに『中日新聞』の取材に事件後初めて応じ、「犯人が自分を襲ってから逃走するまでの間に1階の洗濯機が動いていた」と証言した[新聞 42][新聞 43]
2009年10月29日まで、愛知県警蟹江署特捜本部は唾液・汗などを含めた室内の遺留物を鑑定した[新聞 68][新聞 69]。その結果、現場室内から被害者3人全員の血液型(A型)とは異なるO型の血液型血痕が検出された[新聞 68][新聞 69]。蟹江署特捜本部はこのO型の血痕を「犯人の血液型である可能性が高い」として、重点的に捜査を進めた[新聞 68][新聞 69]
事件から半年が経過した2009年11月2日まで、愛知県警蟹江署特捜本部は35人態勢で捜査に当たり、犯人の遺留品分析・情報の洗い直しなどを急いだ[新聞 70]。同日までに、特捜本部には約300件の情報提供があり、捜査対象者は約5400人に上ったものの、いずれも犯人の特定には結びつかなかった[新聞 70]
警察庁は2009年12月8日、本事件を捜査特別報奨金制度対象事件に指定し(制度開始から37件目)、犯人逮捕に結びつく有力情報の提供者に最高300万円の懸賞金を支払うことを決めた[新聞 13][新聞 71]
本事件はその後、2009年12月10日から1年間(当初期限)、愛知県警管轄の未解決事件としては豊田市女子高生殺害事件(2008年発生、豊田警察署管轄、同日付で期限延長)とともに、同制度対象事件となった[新聞 13][新聞 71]。同日、捜査を担当する蟹江署員らが現場付近の近鉄蟹江駅などで、事件の情報提供を求めるチラシを配布した[新聞 72]
2009年12月27日までの捜査の結果、犯人が市販品マスクを用意して被害者宅に侵入し、そのマスクを室内(玄関付近で畳まれていたパーカーのポケット内)に置き忘れていたことが新たに判明した[新聞 73][新聞 3]。同日まで蟹江署特捜本部は、犯人のDNA型や血痕・遺留品の流通経路などを洗い直し、犯人の行方を追ったが、犯行前後の足取りも特定できずにいた[新聞 50]
2010年1月8日、遺留品5点の同種品を公開
2010年(平成22年)1月8日、蟹江署特捜本部が室内で発見された以下の犯人の遺留品5点について、現物の写真と同種の物品を公開した[新聞 2]。なお、以下に記す販売数はいずれも同日発表時点とする。
  • 犯人が犯行時に着用していたとみられるパーカー[新聞 2]
    • 男性用LLサイズ、灰色[新聞 2]。2003年11月から翌2004年2月までに450着が製造され、完売した[新聞 2]
  • 被害者Aを撲殺した際に使われたモンキーレンチ[新聞 2]
    • トップ工業」(本社:新潟県三条市)製「ワイドモンキレンチ エコワイド」[新聞 2][新聞 74]。全長31.5cm、自動車整備・水道配管工事用[新聞 2][新聞 74]
    • 遺留品には持ち手付近に「EM:」の刻印があったが、このタイプは2006年7月以降、約3,000本製造されていた[新聞 2]。専門業者を通じて工場に納入されており、ホームセンターなどでは販売されていないものだった[新聞 74]
  • 被害者Cを襲撃した際に使用されたクラフトナイフ[新聞 2]
特捜本部が以上の遺留品について流通経路を調べた結果、パーカーと手袋が両方とも販売されていたのは、東海3県では以下の3地域に限定されることが判明したため、犯人の犯行前の生活拠点も以下の地域周辺に絞り込まれた[新聞 2]
なお、実際に逮捕されたLは三重県津市内で生活していたが、津駅から四日市市・名古屋駅までは、いずれも近鉄名古屋線近鉄四日市駅)か、JR東海関西本線伊勢鉄道伊勢線四日市駅)の快速みえ」を利用すれば乗り換えなしで移動できた。
2010年3月31日まで、現場付近で不審者の目撃情報
2010年3月31日までの捜査の結果、現場室内で発見された犯人のパーカーと似た上着を着た不審な男が事件前日の2009年4月30日夜、現場から7.5km離れた愛知・三重県境付近(木曽川に架かる国道1号尾張大橋の三重県側)で目撃されていたことが判明し、『中日新聞』2010年3月31日夕刊で報道された[新聞 75]
これを受けて特捜本部は前述のパーカーなど遺留品の流通先などと照らし合わせ「犯人は事件当時四日市市周辺に居住しており、蟹江町の被害者宅まで徒歩で向かった」と推測した[新聞 75]
同様のニュースを報道した『読売新聞』2010年11月3日中部朝刊は、「4月30日午後、通行人がその不審な男と会話を交わした際、男は『名古屋に行く』という趣旨の話をしていた」と報道した[新聞 76]
その一方で特捜本部は、愛知県側の国道1号沿いの店舗などに設置された防犯カメラの映像も分析したが、類似する服装の男は映っていなかった[新聞 75]
2010年5月2日、事件発生から丸1年
2010年4月16日までの捜査の結果、犯人の男は三男Cを監禁した際、「最近満足に寝ていない」などといった趣旨の内容を話していたことが判明した[新聞 34]
2010年5月2日で事件発生から丸1年を迎えたが[新聞 77][新聞 78]、それを前にした2010年4月28日時点でも愛知県警の捜査・近隣住民の捜査協力なども空しく、被疑者逮捕に直結する有力な手掛かりは得られておらず事件解決の目途は全く立っていなかった[新聞 77]
愛知県警蟹江署特捜本部は同日、三男Cが監禁されていた最中に犯人と交わしていた会話の内容を公開した[新聞 33][新聞 35]。この会話内容から「犯人は被害者宅の玄関から猫が室内に入っていくのを見て、無施錠と判断して玄関から侵入した後、家人と出くわしたことで一家殺傷に至った可能性が高い」ことが判明した[新聞 33]
2010年12月10日、満了を迎えた報奨金制度適用期間が1年間延長された[新聞 79]
2011年・2012年前半
2011年(平成23年)4月18日までの蟹江署特捜本部の捜査の結果、被害者3人の財布から奪われた現金総額が約二十数万円と推定された[新聞 80]
愛知県警蟹江署捜査本部は事件発生から丸2年となる2011年5月2日「犯人の遺留品とみられる布袋」「現場から持ち去られた被害者次男Bの腕時計」「犯人が逃走した際に履いて奪ったとみられる三男Cのスニーカー」の計3点について、同型品の写真・情報を新たに公開した[新聞 67][新聞 81]。3物品の情報は以下の通り。
  • 布袋 - 洗面所で水濡れした状態で発見、紺色の綿製、長さ50cm、幅30cm[新聞 67]。浴衣など夏物衣料に使われる「しじら織り」の生地[新聞 81]。30cmの紐2本が付き、数cmの穴が3か所空いていたが、中に物は入っていなかった[新聞 67]。三男Cが「見覚えがない」と証言したため、犯人の遺留物であると推測された[新聞 67]
    • この布袋は当初、商品タグなどが付属していなかったため、工業用ミシンで手作りされたものと思われたが[新聞 67]、後に市民からの情報提供により、ユニクロ製の男性用甚兵衛「メンズジンベエ」を入れる袋(定価2990円、2005年から2007年にかけ全国で約50万着流通)である可能性が高いことが判明した[新聞 82]
  • Bの腕時計 - セイコー製「セイコー5」、全体的に銀色でダイヤルが黒[新聞 81]中近東からの逆輸入品[新聞 67]
  • Cのスニーカー - ドイツ「プーマ」製、サイズ27cm[新聞 66]、白基調で側部に黒い人造皮革が貼られていた[新聞 81]
同日は負傷した被害者三男Cが初めて、近鉄蟹江駅付近で情報提供を求めるチラシ配りに参加した[新聞 83][新聞 81]。愛知県警は同日までに延べ約18,000人の捜査員を動員し、同日までに情報提供件数は479件に上ったが、犯人に結び付く情報はなく、事件の記憶風化から、2011年に入ってからは10件に止まっていた[新聞 83][新聞 81]
2011年12月10日、延長期限満了を迎えた報奨金制度適用期間がさらに1年間延長されたことに伴い、蟹江署特捜本部・地元住民30人が近鉄蟹江駅などで、情報提供を呼び掛けるチラシ6000枚を配布した[新聞 84][新聞 85]
事件発生から丸3年を控えた2012年(平成24年)5月1日、蟹江署特捜本部捜査員・地元住民ら30人が、現場付近の愛知県道103号境政成新田蟹江線などで、情報提供を求めるチラシ・ポケットティッシュを配布した[新聞 86]。同日までに合計526件の情報提供があったが、同年に入ってからはわずか3件のみと大幅に減少しており、34人態勢の捜査も一向に進展していなかった[新聞 86]

Lの逃走中の余罪[編集]

Lは犯行後も万引きなどの軽犯罪を繰り返していた一方[新聞 27]、後述のようにDNA型鑑定が行われるまで捜査線上に浮上することはなく[新聞 4]2011年(平成23年)3月には5年間在学した三重大学を卒業した[新聞 24]。卒業間際、Lは急に「大学院に行きたい」と所属ゼミの教授に頼み込んだが、教授から断られた[新聞 23]

Lは本事件後も、逮捕されるまで捜査網を掻い潜りつつ[新聞 12]、腎臓病治療・婚約者女性と会うためなどの理由で、度々中国に帰国しており、多い年には年3回帰国していた[新聞 28]

Lは三重大卒業後、2011年4月に新卒で三重県亀山市[新聞 87]自動車部品メーカーに会社員として就職し[新聞 26]、部品検査・組み立てなどの部署で勤務しつつ研修生の通訳を担当していた[新聞 24]。当時Lは日本語検定一級の資格を持っており、メーカーの社長曰く「面接時、真面目な印象だったので採用を決意した。コンビニでのアルバイトの話などをしており、『学生時代はあまりお金がなかったようだな』という印象を持っていた」という[新聞 26]。内定を得たLは故郷・中国に一時帰国し、家族に日本での就職を報告した[新聞 26]

会社近くの借り上げアパートに居住して月給手取り約20万円の仕事をしていたLは、社長によれば「仕事ぶりは控えめだったが一生懸命だった」という[新聞 26]。また社長だけでなく、同じ中国人研修生の同僚とも良好な関係で、休日は若手社員とともにフットサルを楽しんでいた[新聞 26]。Lは就職後、中国にいる交際相手女性を日本に呼び寄せて結婚する計画を立てていた[新聞 30]

Lは「ずっと日本で働き続けたい」と言っていたため「大事に育てたい」と思った社長は、工場のラインではなく技術・製品検査の仕事をさせており[新聞 26]、将来的には母国・中国にある工場の幹部に登用しようと考えていたという[新聞 87]

しかし2012年(平成24年)春、Lは「結婚したいので昇給してほしい」と会社に相談し、同僚たちに転職を示唆するなどした[新聞 26]。結局、上司らの慰留を断ったLは、同年6月、「家のリフォームの仕事をする」と言い、会社を退職した[新聞 26]。Lは退職後、より高給職を求めて三重県外の建設関係会社に転職したが[新聞 87]、その仕事もすぐに辞めた[新聞 26]

2012年8月、Lは名古屋市内で放置自転車を盗んで乗車していたところを愛知県警の警察官に職務質問され、所轄の警察署で事情聴取を受けた[新聞 12]。しかし被害が軽微だったため、県警はLの身元確認はしたものの逮捕・名古屋地検への書類送検などの刑事手続きは取らなかった上、DNA型も採取せずに警察内部だけで処理する「微罪処分」に処した[新聞 12]

Lは2012年10月18日午後2時40分ごろから同日午後4時10分ごろまでの間に、津市内の三重大学第一体育館2階男子更衣室で[判決文 1]、男子大学生所有の携帯電話機1台(時価約60000円相当)を窃取した[判決文 1]

さらにLは2012年10月19日[判決文 1]、津市栗真町屋町の駐車場で[新聞 88]、会社員男性所有の乗用車1台(ETCカード1枚など2点積載、時価約160万円相当)を窃取した[判決文 1][新聞 88][新聞 16]。Lは同日、この車を同県鈴鹿市内で運転していたところを[新聞 4]三重県警察鈴鹿警察署に発見され窃盗容疑で同署に逮捕された[新聞 88]

被疑者Lは鈴鹿署の取り調べに対し「移動手段として車を盗んだ」と供述した[新聞 4]。三重県警は2008年にLを摘発した際、指紋を採取したのみでDNA型は採取していなかったが[新聞 27]、この逮捕時に任意で[新聞 12]、「前科があるため念のために」と、LのDNA型を唾液から採取した[新聞 27]。Lは同事件の捜査中、鈴鹿署の留置場で手首を傷つけ自殺を図った[新聞 28]

被疑者Lは2012年11月9日、津地方検察庁により窃盗罪で津地方裁判所起訴された[新聞 89]。その後この起訴容疑は本事件・及び12月11日付で津地裁に起訴された窃盗事件とともに名古屋地裁に併合されて一括審理された[判決文 1]

被疑者Lの逮捕前日となった2012年12月6日、愛知県警は本事件について同9日付で期限が切れる捜査特別報奨金制度指定の延長を断念することを発表した[新聞 14][新聞 15]。実際にはこの時点で既に被疑者Lの存在が捜査線上に浮上してはいたが、表向きの理由は「期限延長に向けて警察庁と協議したが、情報提供件数が減少しているため延長申請を断念した」というものだった[新聞 14][新聞 15]

捜査の急展開[編集]

2012年12月7日、愛知県警蟹江署特捜本部が強盗殺人容疑で被疑者Lを逮捕
2012年11月下旬、三重県警が採取したLのDNA型を警察庁のデータベースに登録・照合した結果、本事件の現場にあった味噌汁の飲み残しなどに残されていたDNA型と一致することが判明した[新聞 16][新聞 90][新聞 4]
これを受けて愛知県警蟹江署特捜本部が被疑者Lを取り調べたところ[新聞 91]、Lは「間違いありません」と強盗殺人容疑を認める供述をした[新聞 4]
そのため特捜本部は2012年12月7日、強盗殺人・同未遂容疑で被疑者Lを逮捕した[新聞 4][新聞 24][新聞 92][新聞 10][新聞 93][新聞 94][新聞 95][新聞 96][新聞 97]。これにより、凄惨・異常な犯行で日本社会を震撼させた本事件は、急転直下の事件解決に向かうこととなった[新聞 11]
2012年12月8日、被疑者Lの各種動機供述・家宅捜索など
被疑者Lは逮捕翌日となる2012年12月8日までに、犯行動機について以下のように供述した。
  • 「事件前年の2008年、万引きで罰金刑を受けたが金がなく、罰金支払いのために金が必要だった」と供述した[新聞 27]
  • モンキーレンチ・小刀を持ってA宅に押し入った事実を認めた上で[新聞 98]、その動機については「金に困っており、見つかったら殺すつもりだった」と述べ、強盗の犯意を認める供述をした[新聞 27]
その上で犯行に至るまでの経緯について、以下のように供述した。
  • ひったくりや窃盗などで金を得ようと、電車で名古屋市に向かったが成功せず、近鉄名古屋駅から帰りの近鉄名古屋線急行電車に乗車した[新聞 26]。急行電車が最初に停車した近鉄蟹江駅で降り、空き巣狙いに切り換えて周辺を物色していたところ、被害者宅に飼い猫が入っていく様子を目撃し、玄関が施錠されていないことに気付いて侵入先に選んだ」[新聞 26]
  • 当初は窃盗目的で現場に入ったが[新聞 25]、A宅に侵入後、居合わせたAを出合い頭に殺害し[新聞 26]、その際に首も絞めた[新聞 23]。しかし帰宅したBと出くわしてもみ合いになったため、Bを家の中にあった包丁で刺し殺した[新聞 98]
  • 確実に現場から逃走しようとして出くわした家人3人を殺傷した[新聞 23]。証拠隠滅作業を図っていた間に最終電車を逃したため、現場に留まって始発電車を待った[新聞 25]。朝になってBの勤務先から通報を受けた蟹江署員が駆け付けたが、無線連絡のために現場を離れた隙に勝手口から逃走し、電車(近鉄名古屋線もしくはJR関西本線・伊勢鉄道伊勢線)で津市に戻った[新聞 23]
「事件の謎の1つ」とされていた「犯人が三男Cのみを生存させたまま現場に長時間滞在した理由」について、Lは取り調べに対し「Cから『殺さないでくれ』と命乞いされたため、殺害を躊躇した」と話した[新聞 99][新聞 100]。そのため特捜本部は「Lは金の在り処を尋ねたり、血のついた衣服の洗濯などの証拠隠滅を図る間にCと言葉を交わしたりするうち、Cの殺害を躊躇うようになった」と推測した[新聞 99]
愛知県警蟹江署特捜本部は同日、被疑者Lが住んでいた津市内のアパートを家宅捜索した[新聞 99][新聞 101]
愛知県警は2012年12月9日、強盗殺人などの逮捕容疑で被疑者Lを名古屋地方検察庁送検した[新聞 12]
2012年12月10日以降、被疑者Lの新供述・新事実判明など
2012年12月10日までに、被疑者Lは特捜本部の取り調べに対し、「凶器のモンキーレンチ以外に、手袋・マスクを用意して現場に押し入った」と供述した[新聞 102]。この新供述は現場から遺留品の手袋・マスクが発見された事実と合致する上、現場にはLの明瞭な指紋は確認できなかった一方、遺留品のマスクからはLのDNA型が検出された[新聞 102]
この事実から特捜本部は、「証拠を残さないために手袋・マスクを着用した上で犯行におよび、犯行後には血液を拭き取ったり、被害者の衣服・血液を拭き取ったタオルを洗濯するなどして証拠運滅を図った」と推測して捜査した[新聞 102]
また2012年12月12日までには「被疑者Lが2003年の来日直後から万引きなどさまざまな窃盗事件を繰り返していた」ことも判明した[新聞 22]。このことから特捜本部は「Lは生活に困ると常習的に盗みを繰り返し、凶悪事件に発展する結果となった」と推測してLを追及した[新聞 22]。一方で被疑者Lは取り調べに対し、「体を壊して働けなくなってから盗みを始めるようになった」と供述した[新聞 25]
これに加えて2012年12月13日までには「被疑者Lが事件当時在籍していた三重大学で学費滞納を繰り返し、前期・後期ごとに大学側から何度も支払いの督促を受けていた」事実が判明した[新聞 20]
津地方検察庁は2012年12月11日付で、既に別の窃盗罪(2012年10月19日、津市内で乗用車を盗んだ事件)で起訴されていた被疑者Lをさらに別の窃盗事件(10月18日、三重大体育館2階の更衣室で携帯電話を盗んだ事件)における窃盗罪で津地方裁判所に追起訴した[新聞 20][新聞 103]。その後この起訴容疑は本事件・及び11月9日付で津地裁に起訴された窃盗事件とともに名古屋地裁に併合されて一括審理された[判決文 1]
2012年12月28日、名古屋地検が被疑者Lを名古屋地裁に起訴
名古屋地方検察庁は2012年12月28日、強盗殺人・強盗殺人未遂・住居侵入の各罪状で、被疑者Lを名古屋地方裁判所起訴した[新聞 5][新聞 25][新聞 23][新聞 104]
名古屋地検幹部は同日、Lが一家3人を殺傷後も事件翌日正午まで半日以上現場に留まっていた点について、「現場の物色を続けていた」と述べた[新聞 5]

刑事裁判[編集]

第一審・名古屋地裁(裁判員裁判)[編集]

公判前整理手続・精神鑑定[編集]

被告人Lは強盗殺人罪などで名古屋地検から名古屋地裁に起訴されて以降、2013年(平成25年)2月4日付で勾留先の蟹江署から名古屋拘置所移送された[新聞 105]

起訴後、Lは収監先の名古屋拘置所内で壁に頭を打ち付けたり、睡眠剤を大量服用するなどの自殺未遂・自傷行為を繰り返し[新聞 28]、後述の精神鑑定の際には身体・精神双方に変調をきたしたため外部の病院で治療を受けていた[新聞 106]。特に初公判直前の2014年(平成26年)11月には、靴下を首に巻き付けて自殺を図り、低酸素脳症で意識障害を負った[新聞 28]

その一方で移送翌日の2013年2月5日、被告人Lは『毎日新聞』記者・永野航太との面会取材に応じた[新聞 105]。Lは永野に対し、犯行の背景について「来日した当初は日中間の懸け橋になることを夢見ていたが、生活が困窮したことから万引きを繰り返すようになった。三重大入学後は県の奨学金も認められず、事件前年には万引きで検挙されて罰金の支払いに窮したことで犯行に及んだ」と述べた上で、被害者に対する思いを聞かれると「かわいそうなことをした」と涙を流しながら語った[新聞 105]

2013年春、被告人Lは「自分は取り返しのつかないことをした」など、被害者・遺族に向けた謝罪の言葉や「父の勧めで日本の大学に留学したが、金に困って万引きを繰り返した」など、転落の経緯などを綴った便箋計66枚にわたる手記を書いた[新聞 30]

被告人Lが精神的に不安定になり、意思疎通が難しくなったことから[新聞 107]公判前整理手続中の2013年10月8日までにLの弁護人は、Lに刑事責任能力訴訟能力がない旨を主張し、名古屋地方裁判所精神鑑定を申し入れた[新聞 106][新聞 107]。名古屋地裁はこの申請を認め、精神鑑定を実施した[新聞 106]

2013年末、「責任能力・訴訟能力に問題はない」とする精神鑑定結果を示した鑑定書が名古屋地裁に提出された[新聞 108][新聞 109]

その後の公判前整理手続の結果、2014年9月までに争点の絞り込みが終わり、翌2015年1月に初公判を開く方針が事実上決まった[新聞 110]

名古屋地裁は2014年11月26日、検察側・弁護人側双方を交えた協議の結果、被告人Lの裁判員裁判公判日程を指定した[新聞 111]。これにより、2015年1月19日に初公判を開き、同年2月3日まで証人尋問・被告人質問など計9回の審理を行った上で、2月4日に検察側論告求刑・弁護人側最終弁論を行って結審、2月20日に判決公判を開く、という日程が決定した[新聞 111]

公判[編集]

2015年1月19日、第1回公判、検察側冒頭陳述・被告人側罪状認否
2015年(平成27年)1月19日[新聞 112]名古屋地方裁判所(松田俊哉裁判長)で、被告人Lの裁判員裁判公判が開かれた[新聞 113][新聞 19][新聞 114]
検察側は冒頭陳述で、「被告人Lは事件4日前、別の万引き事件について検察庁で取り調べを受け、罰金刑の見込みを説明されたため、現金が必要になった。路上強盗を企ててモンキーレンチ・ナイフを購入し、偶然立ち寄った現場宅が無施錠だったために侵入した」、「被害者Aの頭部をモンキーレンチで約30回殴り、帰宅した次男と揉み合いになった末、台所の包丁で胸を数回刺して殺害した。翌日未明に帰宅した三男Cに対し、背後からナイフで首を数回刺し、現金の在り処を尋ねた」と述べ、強盗の意図があったことを指摘した[新聞 113]
その上で、折れ曲がった凶器の包丁の写真・レンチ、各部屋や階段に残された血痕の分布図などを示し、「金品を取る障害となる2人を殺害した行為は強盗殺人罪が成立する」と主張した[新聞 114]
また、被害者遺族である別居していた四男(三男Cの双子の弟)の供述調書を朗読し、「自分が高校生だったころに父が亡くなり、母Aが自分たち4兄弟を女手一つで育ててくれた。母Aは明るく強い人で、いつも笑っていた、一家の支えだった」、兄Bは責任感が強い性格で、事件の数か月前、定職に就けずにいた自分を『家から出て自立しろ』と叱咤した。心配してくれてのことだった」という四男の心境を明らかにした[新聞 114]
事件に巻き込まれて負傷した三男Cは、被害者参加制度を利用した上で検察官の隣席に座り、審理の様子を見守った[新聞 114]。Cは、顔が見えないほどの長髪で出廷した被告人Lを見て、代理人弁護士に「表情が見たい」と漏らした[新聞 114]
一方で弁護人側は、冒頭陳述で、「こっそり金を盗もうと空き巣目的で入っただけで、強盗をする意図はなかった。被害者2人に発見されてパニックになり、とっさに殴ってしまった」として、強盗殺人罪の成立を否定した[新聞 113]。その上で、三男に対する殺人未遂容疑についても、「殺意は認められず、傷害罪に留まる」と反論した[新聞 113]。また同日、「被告人Lは事件後、声が出にくくなる障害(発話障害)を患った」ことを明らかにした[新聞 113][新聞 19][新聞 114]
被告人Lは、肩まで無造作にかかり顔が見えないほどの長髪で出廷した[新聞 19]。Lは罪状認否で、沈黙の後にごく短い言葉を発する程度で、質問にはほとんど反応しなかったが[新聞 114]、「被害者らを殺意を持って死亡させた事実は合っていますか」という質問に対し、「合っている」と答え、殺害行為を認めた[新聞 19]
2015年1月21日、第2回公判、検察側証人尋問
2015年1月21日の第2回公判で、検察側証人尋問が行われた[新聞 32]
同日、事件で唯一生き残った被害者三男Cが証言し、自身が襲われた状況を詳述した上で、「『あの時、自分が飲み会に行かなければ誰も傷つかなかった』と悔やんでいる。亡くなった2人のためにも、被告人Lには死刑を望む」と、裁判官・裁判員らに訴えた[新聞 32]
2015年1月22日、被告人Lの両親記者会見
第2回公判の翌日の2015年1月22日、被告人Lの両親が名古屋市内で記者会見した[新聞 21]
Lの両親は、同月26日の公判で証人出廷するために来日しており[新聞 21]、来日に当たり[新聞 28]、被害者遺族側に500万円の被害弁償を申し出ていた[新聞 21]。その500万円のうち、大半は借金によるものだった[新聞 28]
父親はLについて「喧嘩など一度もしたことのない聞き分けのいい子だったが、中学時代の球技中にボールが頭に当たるトラブルが起きてから、それまで活発だった性格が内向的になった」と語った[新聞 21]
また、母親は「来日後、息子には学費などを仕送りしていたが、ある時期からは『アルバイトで稼げるから大丈夫』と言われ安心していた。しかし実際には学費が払えず、食べ物にまで困っていたことを逮捕後に初めて知って大変驚いた」、父親も「インターネットのニュースで逮捕を知った時は心臓が止まりそうだった。なぜ息子がこんな事件を起こしてしまったのか今も理解できない」と、それぞれ語った[新聞 21]
そして、父親は「自分の言葉で被害者や遺族に謝罪し、生きて罪を償ってほしい」、母親も「息子が死刑になれば自分たちも生きていけないほどつらい。直接謝る機会を頂きたい」と、何度も立ち上がり、深々と頭を下げた[新聞 21]
2015年1月23日、第3回公判、検察側証人尋問
2015年1月23日の第3回公判で、前回公判に続き、検察側の証人尋問が行われた[新聞 31]
同日、被害者Bと婚約していたBの同僚女性が検察側証人として、別室から音声・映像中継を利用して参加する「ビデオリンク方式」で証言した[新聞 31]
Bは事件前年2008年のクリスマス、女性から腕時計をプレゼントされ、仕事場にも毎日着けてくるほど気に入っていたが、その腕時計は現金約20万円とともにLに奪われ、長らくLの手元にあった[新聞 31]。この腕時計について、女性は「事件直後は形見として持っていたいと思ったが、ずっと犯人の下にあったことがわかった今はいらない」と言い切った[新聞 31]
女性は当時の心境について、「自分たち2人の全てが奪われてから5年8カ月が過ぎた。死刑でも死刑でなくてもどちらでもいいが、できればずっと、Lは自分の犯した罪を反省し、生きて償ってほしい。私たちはこれから、悲しい思いを忘れられずに生きていけなければいけない」と述べた[新聞 31]
同日の公判で被告人Lは、消え入るような声で「申し訳ない」と述べた[新聞 30]
2015年1月26日、証拠調べ・弁護人側証人尋問
2015年1月26日の公判で、弁護人による証人尋問・証拠調べが行われた[新聞 28]
弁護人はこの日、「Lは自動車窃盗事件で逮捕されて以降、自殺未遂を計6回起こし、意識障害を起こしたこともあった」と明かした[新聞 28]
同日の公判で、被告人Lの両親が弁護人側証人として出廷した[新聞 28]
Lの父親は、「息子には、国際電話などで何度も『金に困っていないか』と聞いたが、息子は『金は必要ない。努力して自分で何とかする』といつも答えていた。息子を信じていたが、このようなことになってしまったことには親として責任を感じる」と証言した[新聞 28]
その上で、「息子が被害者の方に与えた損失を考えると、(その大半を借金で賄った)被害弁償金の500万円は全然足りない」と述べつつも、「親としては生きて償い、苦しみを味わってほしい」と、死刑回避を求めた[新聞 28]
Lの母親は、「息子のことは今でも愛しているが、事件を起こしたことを腹立たしくも思う」と語った上で、法廷で傍聴していた遺族に「本当に申し訳ございませんでした」と、涙ながらに謝罪した[新聞 28]
2015年1月28日、検察側供述調書・被告人側手記朗読
2015年1月28日の公判で、検察側の供述調書・被告人が書いた手記が、それぞれ朗読された[新聞 30]
被告人Lの弁護人は、両親・恩師・友人らへの感謝の言葉、被害者・遺族に対する謝罪の言葉などが綴られた手記を朗読した[新聞 30]
一方で検察側は同日、逮捕後の供述調書を朗読した[新聞 30]。その内容によれば、「Aをモンキーレンチで襲っていた最中、突然現れたBと1時間以上揉み合いになった末、『顔を見られたから殺すしかない』と、台所にあった包丁でBの背中を刺して殺した。その後、まだ息のあったAが『誰か』と声を上げたため、首に紐を巻き付けた」、「Cに対しても殺意を持ち、暗がりの玄関で襲い掛かったが、『殺さないでくれ』と言われたことや、顔を見られていないことから殺害を思い留まった」という事実が明らかにされた[新聞 30]
2015年2月2日 - 3日、被告人質問
2015年2月2日、弁護人による被告人質問が行われた[新聞 115]
被告人Lは弁護人から、「A宅に侵入する前、凶器のモンキーレンチ・ナイフを使おうと考えていたか」と問われると、首を横に振った[新聞 115]。また、「3人を殺傷した後、腕時計を偶然発見するまでは、現金を手に入れようとする気持ちはなかったのか」と質問されると、「はい」と答えた[新聞 115]
その上で被害者遺族への思いを訊かれると、Lはか弱い声で「申し訳ありませんでした」と謝罪の言葉を述べ、うなだれた[新聞 115]
松田俊哉裁判長から「最後に言いたいことはありますか」と問われると、Lは中国語で背後の傍聴席にいた両親に向かい、「お父さん、お母さん、ごめんなさい」と述べた[新聞 116]
翌2015年2月3日も引き続き被告人質問が行われ、負傷した三男Cが被害者参加制度を利用し、被告人質問に参加した[新聞 116]
CはLに対し、「今、何を考えて1日を過ごしているのか」、「万引きを繰り返していた生活を変える努力をしなかったのか」と質問した[新聞 116]。これに対しLは「事件を思い出すと感情をコントロールできない」、「事件のことは後悔している」などと答えた[新聞 116]
2015年2月6日、検察側が論告求刑で被告人Lに死刑求刑・弁護人が最終弁論を行い結審
2015年2月6日[新聞 117]、第10回公判となる論告求刑公判が開かれ、結審した[新聞 118]。同日、検察側は被告人Lに対し死刑求刑した[新聞 117][新聞 118]
東海3県(名古屋・岐阜各地裁および各支部)の裁判員裁判における死刑求刑はこれが初の事例だった[新聞 117][新聞 118]
午前中の論告で検察側は、「人がいるとわかって住宅に凶器を持参の上で侵入したのは、攻撃を想定していたからだ。仮に殺害時点で頭が真っ白になっていたとしても、金品を奪う目的だったのは明らかで、典型的な強盗殺人に他ならない」と主張した[新聞 117]
その上で、「金品を奪うためだけに2人を殺害し、生命を奪いかねない傷害を1人に負わせた。殺害された2人の殺され方は理不尽・残虐的だ」と指摘した上で、「3回にわたる殺害行為は、強盗殺人の中でも特に悪質で、刑事責任は極めて重く、被害者遺族も極刑を望んでいる」と主張した[新聞 117]
一方で被告人Lの弁護人は、午後に行われた最終弁論で、「窃盗目的で偶然被害者宅に侵入し、家人に見つかってパニックになって暴行を加えたが、この時点では金を奪う意図はなく、強盗殺人罪は成立しない」として、検察側の主張に反論した[新聞 119]
その上で、「仮に強盗殺人罪が成立するにしても、殺害された被害者2人に対しては当初、強盗殺人の犯意はなく、判例の量刑傾向からしても、死刑選択の余地はない」と訴え、殺人窃盗罪の適用、死刑回避・無期懲役刑の選択を求めた[新聞 119]
被告人Lは最終意見陳述で、「被害者の方、自分の父母に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。自分のやったことは許せない」と述べた[新聞 119]
2015年2月20日、被告人Lに死刑判決
2015年2月20日、判決公判が開かれ[新聞 120]、名古屋地裁(松田俊哉裁判長)は検察側の求刑通り、被告人Lに死刑判決を言い渡した[判決文 1][新聞 121][新聞 122][新聞 123][新聞 124][新聞 125][新聞 126][新聞 127]
名古屋地裁は判決理由にて、犯罪事実をすべて検察側の主張通りに事実認定した上で、「被告人Lは被害者Aに見つかった際に強盗を決意した。冷静さを失っていたとしても確定的な殺意があった」と指摘し、強盗殺人罪の成立を認めた[新聞 121]
その上で「強盗や殺人に及ぶことを事前に計画していたわけではないが、路上強盗のための武器を持ち、家に誰かがいるとわかっていながら侵入した。予期せず家人が在宅した強盗殺人事件とは異なる」[新聞 121]、「包丁が折れ曲がるほど強い力で刺すなど執拗で冷酷な犯行。動機は自己中心的で身勝手だ」と量刑理由を説明し、極刑を選択した[新聞 121][新聞 126]
東海3県で行われた裁判員裁判にて死刑判決が言い渡されたのはこれが初の事例だった[新聞 121][新聞 126]
被告人Lの弁護人・北條政郎弁護士は[新聞 127]、「死刑ありきとも受け取れる判決は容認できない」と判決への不服を訴えて2015年2月25日付で名古屋高等裁判所控訴した[新聞 128]

控訴審・名古屋高裁[編集]

2015年7月27日、控訴審初公判、即日結審
2015年7月27日[新聞 129]名古屋高等裁判所(石山容示裁判長)で控訴審初公判が開かれ、即日結審した[新聞 130]。第一審に続き、強盗殺人罪成立の是非が争点となった[新聞 130]
弁護人側は、「暴行を加えたのは強盗のためではなく、被害者Aに大声を出されたためだ。仮に強盗の犯意が認められても、殺害された被害者が2人で殺害の事前計画性もないケースでは、死刑選択は妥当ではない」として、死刑判決の破棄・無期懲役刑の選択を訴えた[新聞 130]
弁護人はこの他、強盗の犯意を否定するための証拠調べ・被告人質問を要求したが、名古屋高裁はいずれも退けた[新聞 130]
一方で検察側は第一審・死刑判決の妥当性を訴え、「被告人L・弁護人側の控訴は棄却されるべきだ」と主張した[新聞 130]
同日、死刑判決を受けた第一審判決公判以来5カ月ぶりに出廷した被告人Lは、刑務官に支えられて歩いていた第一審と異なり、脚を少し引きずりつつも自力で出廷した[新聞 130]
また、顔が見えないほど伸びていた髪は短く切っていたが、裁判長から名前・住所を聞かれても、たどたどしい答え方だった[新聞 130]
2015年10月14日、二審も死刑判決(被告人・弁護人側の控訴棄却)
2015年10月14日[新聞 131]、名古屋高裁(石山容示裁判長)は、第一審・死刑判決を支持し、被告人Lの控訴を棄却する判決を言い渡した[判決文 2][新聞 132][新聞 133][新聞 134][新聞 135][新聞 136]
名古屋高裁は判決理由で、「殺害被害者数が2人の場合、原則として死刑を選択すべきとは言えない」と指摘し、「死刑選択に当たっては『合理的な根拠』は何か、可能な限り慎重に検討すべきだ」と述べた[新聞 133]
その上で名古屋高裁は第一審判決について、「具体的な根拠で導き出された合理的判断で是認できる」[新聞 133]、「被告人Lは被害者宅に侵入した際、家人と遭遇して騒がれることを予想しており、実際にAに見つかったことで確定的な強盗の犯意が生じた。Aらが抵抗しなくなっても繰り返し暴行を加えるなど、犯行の態様は執拗で残酷だ。被告人の生命軽視の度合いは著しく、死刑の選択は避けられない」と述べた[新聞 132][新聞 133]
被告人Lの弁護人は判決を不服として、同日付で最高裁判所上告した[新聞 133][新聞 137]

上告審・最高裁第一小法廷[編集]

2018年5月19日まで、上告審口頭弁論公判開廷日時指定
最高裁判所第一小法廷木澤克之裁判長)は2018年5月19日までに被告人Lの上告審口頭弁論公判開廷期日を2018年7月12日に指定して関係者に通知した[新聞 138][新聞 139][TV 1][TV 2][その他 2]
2018年7月12日、上告審口頭弁論公判
2018年7月12日、最高裁第一小法廷(木澤克之裁判長)で上告審口頭弁論公判が開かれ、結審した[新聞 140][新聞 141][TV 3][TV 4]
弁護人側は被告人Lの強盗の計画性を否定した上で[新聞 140][新聞 141][TV 3]、被告人Lの訴訟能力を否定する旨の主張をし[TV 4]、死刑判決を破棄して量刑を無期懲役刑に軽減するよう訴えた[新聞 140][新聞 141][TV 3][TV 4]
一方で検察側は「一・二審の死刑判決は妥当であり、死刑判決を破棄すべき理由はない」と主張し、同判決を支持した上で被告人・弁護人側の上告を棄却するよう訴えた[新聞 140][新聞 141][TV 3][TV 4]
2018年5月19日まで、上告審判決公判開廷日時指定
最高裁第一小法廷(木澤克之裁判長)は2018年7月20日までに被告人Lの上告審判決公判開廷期日を2018年9月6日に指定して関係者に通知した[新聞 142][新聞 143]
2018年9月6日、上告審判決公判、被告人Lの上告棄却判決により死刑判決が事実上確定
2018年9月6日、最高裁第一小法廷(木澤克之裁判長)で上告審判決公判が開かれた[新聞 144][新聞 145][新聞 146][新聞 147][TV 5][TV 6]
最高裁第一小法廷は一・二審の死刑判決を支持して被告人L・弁護人側の上告を棄却する判決を言い渡したため、被告人Lの死刑判決が確定することとなった[新聞 144][新聞 145][新聞 146][新聞 147][TV 5][TV 6]
最高裁第一小法廷は判決理由で「殺傷行為を思い留まる機会があったにも拘らず、その都度凶器を手にして次々と犯行に及んだ」と指摘した上で[TV 5][TV 6]、量刑理由を「強固な殺意に基づく無慈悲・残酷な犯行で、刑事責任は極めて重大だ。窃盗事件の罰金支払いのためという身勝手な動機に酌量の余地はない」と述べた[新聞 147]
2018年10月2日付で判決訂正申し立て棄却決定、死刑判決が正式に確定
最高裁第一小法廷(木澤克之裁判長)は2018年10月2日付で被告人L・弁護人からなされた判決訂正申し立てを棄却する決定をしたため、翌日(2018年10月3日)付で被告人Lの死刑判決が正式に確定した[新聞 148]
東海3県の地方裁判所(名古屋地裁岐阜地裁津地裁)にて開かれた裁判員裁判で言い渡された死刑判決が確定した事例は本事件が初となった。

死刑囚Lの現在[編集]

死刑囚Lは当時上告中だった2018年(平成30年)10月1日時点で[書籍 1]名古屋拘置所収監されている[書籍 2]

民事裁判[編集]

2015年、生存した三男Cを含めた被害者遺族3人が被告人Lに対し「損害賠償命令制度[注釈 2]に基づいて、死亡した2人の逸失利益慰謝料など計約1億7900万円の支払いを求め、名古屋地裁に損害賠償手続きを申し立てた[新聞 149][新聞 151][新聞 152]

第一審・死刑判決を不服として被告人Lが控訴したため、担当裁判官は賠償額を決定できなかった[新聞 151]。そのため、同制度に基づく手続きは2015年4月下旬に終結し[新聞 149][新聞 151]原告の被害者遺族3人は、被告人に対して同額の損害賠償を請求する通常の民事訴訟に移行した[新聞 149]

その後、三男C以外の原告2人は2015年10月に訴訟を取り下げたため[新聞 7]、請求額は残る原告Cの請求していた約5,600万円となった[新聞 6][新聞 150]

2016年3月24日、名古屋地裁(村野裕二裁判長)は原告・三男Cの請求を全額認め、被告(被告人L)側に慰謝料など約5,600万円の支払いを命じる判決を言い渡した[新聞 6][新聞 7][新聞 150]

名古屋地裁は判決理由で「極めて悪質・重大な事件で、動機も身勝手で同情の余地はない」[新聞 6]、「家族を奪われた本件原告Cの悲しみや心痛は余りあるものだ。本件被告(被告人L)は真摯な反省をしているとは認め難い」と指摘し[新聞 150]、死亡した被害者A・B両名の逸失利益を計約1億3,600万円のうち、Cの相続分の約4,550万円+Cの負傷などに対する慰謝料など計約1,050万円=総額約5,600万円の支払いを命じた[新聞 7]

原告Cの代理人弁護士は判決後、「請求を認容する判決をいただいたが、実際にLから履行される可能性がないに等しいことを考えると、誠に遺憾でならない」とコメントした[新聞 6]

防犯活動[編集]

2010年2月15日、現場となった蟹江町と、隣接する弥富市に対し、それぞれ録画・夜間撮影機能を持つ防犯カメラが、犯罪抑止を願った地元住民らにより贈呈された[新聞 153]。蟹江町内の一般住民が同町に贈呈した防犯カメラは事件現場付近の近鉄蟹江駅前に、地域の会員らで作る「あまロータリークラブ」が弥富市に贈呈した防犯カメラは近鉄弥富駅南口前の公営駐輪場に、それぞれ新設された[新聞 153]

その後、「あまロータリークラブ」が防犯対策強化の一環として2011年5月23日、新たに近鉄蟹江駅前駐輪場に防犯カメラ1台を増設した[新聞 154]

蟹江町民はその後も平仮名45文字を頭にした防犯標語を作ったり[新聞 155]、蟹江署・海部南部防犯協会連合会が合同で近鉄蟹江駅で利用者向けに防犯ブザーを貸し出したり[新聞 156]、蟹江署特捜本部の捜査員とともに情報提供を求めるチラシ配りに参加したりなどして[新聞 157]、防犯活動を継続した[新聞 85]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 被疑者逮捕当日の2012年12月7日、『中日新聞』・『読売新聞』新聞朝刊は「愛知県警は応募期間延長に向けて警察庁と協議したが、情報提供件数が少ないことを理由に期間延長の申請を断念した」と報道した[新聞 14][新聞 15]。しかし同日までに、既に有力な被疑者としてLが浮上しており、同日新聞夕刊で「今日にも強盗殺人容疑で逮捕する」と報道された[新聞 16][新聞 17]
  2. ^ 犯罪被害者・遺族の救済支援のため、重大事件の刑事裁判の有罪判決後、同じ裁判官が公判記録を使って賠償額などを審理する制度[新聞 149][新聞 150]

出典[編集]

判決文出典

新聞報道出典(※見出し名に死刑囚・被害者の実名が含まれる場合、死刑囚は姓のイニシャル「L」、被害者は本文中で用いられている仮名(A・B・C)にそれぞれ置き換えている。)

  1. ^ a b c 中日新聞』2009年5月2日夕刊1面「蟹江の民家 兄弟縛られ次男死亡 強殺で捜査 背中に刺し傷」
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u 『中日新聞』2010年1月9日朝刊第二社会面34面「蟹江一家殺傷 遺留品の同種品を公開 レンチや手袋など 犯人生活圏 四日市などか」
  3. ^ a b c d e 『読売新聞』2009年12月27日に中部朝刊第一社会面33面「蟹江の3人殺傷 マスク・手袋が現場に 計画的犯行か 遺留品公開へ=中部」
  4. ^ a b c d e f g h 『中日新聞』2012年12月8日朝刊1面「蟹江一家殺傷 中国人元留学生を逮捕 強殺容疑 当時、三重大に在籍」
  5. ^ a b c 『中日新聞』2012年12月29日朝刊第一社会面23面「L容疑者を起訴 蟹江一家3人殺傷」「大学単位取得 事件後はゼロ」
  6. ^ a b c d e 『中日新聞』2015年6月4日朝刊第一社会面31面「蟹江の3人殺傷 5600万円賠償命令 名地裁、被告に」
  7. ^ a b c d 『読売新聞』2016年3月25日中部朝刊第二社会面38面「蟹江強殺事件被告に5600万円賠償命令 名古屋地裁=中部」
  8. ^ a b 『中日新聞』2009年5月2日夕刊第一社会面11面「蟹江民家強殺 閑静な住宅街騒然 近隣住民ら『まさか』」
  9. ^ a b c d e f g h 『中日新聞』2009年5月3日朝刊第一社会面31面「蟹江の死傷 『玄関で襲われた』軽傷の弟 母親は所在不明」
  10. ^ a b 読売新聞』2012年12月8日中部朝刊1面「蟹江殺傷中国人を逮捕 強殺容疑 DNA型一致=中部」
  11. ^ a b c d 『読売新聞』2012年12月8日中部朝刊第一社会面33面「蟹江殺傷逮捕 『情報なし』から急転 発生3年安堵の住民=中部」
  12. ^ a b c d e f g 『中日新聞』2012年12月10日夕刊第一社会面11面「蟹江一家殺傷 L容疑者 自転車等で8月に聴取 愛知県警、微罪で処分」「蟹江一家強盗殺人事件をめぐる経緯」
  13. ^ a b c 『中日新聞』2009年12月9日朝刊第一社会面29面「蟹江殺傷に懸賞300万円 警察庁 豊田殺人は1年延長」
  14. ^ a b c d 『中日新聞』2012年12月7日朝刊第二社会面38面「豊田女子高生殺害 報奨金を1年延長 蟹江の強殺は断念」
  15. ^ a b c d 『読売新聞』2012年12月7日中部朝刊第二社会面32面「公費懸賞金 女子高生殺害 期限1年延長 豊田=中部」
  16. ^ a b c 『中日新聞』2012年12月7日夕刊1面「蟹江一家殺傷男逮捕へ 現場のDNA型一致 窃盗で逮捕 津の中国人容疑者」
  17. ^ 『読売新聞』2012年12月7日東京夕刊第一社会面17面「3人殺傷 中国人逮捕へ 関与の疑い 聴取開始 愛知・蟹江」
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テレビニュース報道出典

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書籍出典

その他出典

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参考文献[編集]

刑事裁判の判決文[編集]

D1-Law.com(第一法規法情報総合データベース)判例体系 ID:28231359
  1. 金品窃取の目的で民家に侵入し、家人に発見されたことから、居直り強盗を決意して、家人2名を殺害し、1名に重傷を負わせ、現金等を奪ったという強盗殺人、強盗殺人未遂等の事案につき、死刑を回避すべき特別な事情はないとして、死刑が言い渡された事例。
  • 判決内容:死刑(求刑・同。被告人側控訴)
  • 裁判官:松田俊哉(裁判長)・山田順子・中井太朗
  • 名古屋高等裁判所刑事第1部判決 2015年(平成27年)10月14日 『高等裁判所刑事裁判速報集』(平成27年)号229頁、平成27年(う)第105号、『住居侵入,強盗殺人,強盗殺人未遂,窃盗被告事件』。
D1-Law.com(第一法規法情報総合データベース)判例体系 ID:28244308
  1. 住居に侵入し、金品強取の意図で2名を殺害し、1名の殺害を遂げなかった住居侵入、強盗殺人、強盗殺人未遂被告事件において、強盗殺人罪の法定刑が死刑と無期懲役に限られていることに照らし、2名を殺害した場合には死刑を回避する特段な事情が必要であるとした原判決の説示には問題があるとし、死刑という最大限の非難を向けることが疑問なくできるかどうか、できるとすればその合理的な根拠は何かについて可能な限り慎重に検討を進めるべきであるという死刑選択の判断方法を示した上で、本件事案においては、そのような慎重な検討に従っても死刑の選択が合理的な判断であるとして、原判決の量刑判断が是認された事例。
  2. 金品強取の意図で住居に侵入し、殺意を持って被害者にナイフで傷害を負わせた被告人が被害者にナイフを奪われ反撃を受けるなどして体力を消耗し、両者の間で、被告人は犯跡を隠滅する作業を追えたら速やかに出ていくこと、被害者はその間、両手両足を縛られることについて合意が成立したという強盗殺人未遂被告事件において、被告人は、被害者の反撃という傷害によって同人の殺害を実現できない状況に陥ったにすぎないから、自己の意思によって同人の殺害を中止したものとは認められないとして、中止未遂の成立が否定された事例。
  • 判決内容:被告人側控訴棄却(死刑判決支持・被告人側上告)
  • 裁判官:石山容示(裁判長)・伊藤寛樹・小坂茂之
  • 最高裁判所第一小法廷判決 2018年(平成30年)9月6日 、平成27年(あ)第1585号、『住居侵入,強盗殺人,強盗殺人未遂,窃盗被告事件』「死刑の量刑が維持された事例(愛知一家強盗殺傷事件) 」。

被害者遺族による民事訴訟の判決文[編集]

  • 名古屋地方裁判所民事第6部判決 2016年(平成28年)3月24日 、平成27年(ワ)第2342号、『損害賠償請求事件』。
D1-Law.com(第一法規法情報総合データベース)判例体系 ID:28241633
  1. 被告(本文中・被告人L)は、原告(本文中C)方に侵入し、原告の母であるAの犯行を抑圧する等して金品を強取することとし、Aを殺害し、原告の兄であるBを殺害し、さらに原告に殺意を持って暴行したが原告が死亡するに至らず、Aら所有の現金等を強取したとして、A及びBを相続した原告が、被告に対し不法行為に基づき損害賠償を求めた件につき、被告が請求原因を争うことを明らかにしなかったため、請求が認容された事例。
  • 原告・被告
    • 原告:本事件被害者C
      • 原告訴訟代理人弁護士:上山晶子・草野勝彦・平野好道・丹羽正明・河合伸彦・古賀照平・服部祥子
    • 被告:本事件加害者・被告人L
  • 判決内容:原告側の請求をすべて認容(被告側に「合計5,605万6,274円及びそれに対する2009年5月2日から支払い済みまで年5年分の割合による金員を支払え」と命令)
  • 裁判官:村野裕二(裁判長)・山本健一・荻原惇

関連書籍[編集]

  • 年報・死刑廃止編集委員会『オウム死刑囚からあなたへ 年報・死刑廃止2018』インパクト出版会、2018年10月25日、268,270。ISBN 978-4755402883。

関連項目[編集]

  1. ^ 愛知県警 2011.