慶應義塾外国語学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

慶應義塾外国語学校(けいおうぎじゅくがいこくごがっこう。略称「慶應外語」)は、かつて存在した私立の外国語学校(東京都認可の各種学校)。設置者は学校法人慶應義塾。所在地は東京都港区三田慶應義塾大学三田キャンパス。

概要[編集]

1942年に慶應義塾大学の語学研究所の付属として設立、当時の東京府により各種学校令の認可を受けた。かつては旧制中学四年修了者が入学条件で、旧制中学が一般的でなかった女子に関しては「女子語学研究所練習生」クラスから受け入れた[1]。戦後は各種学校規程による各種学校として存続したが、 2013年8月7日に廃止された[2]

英語英会話・ビジネス イングリッシュ・TOEICTOEFLドイツ語フランス語スペイン語中国語ベトナム語タイ語ロシア語イタリア語インドネシア語アラビア語朝鮮語(韓国語・ハングル)など多くの講座を開講していた。

沿革[編集]

英語科、ドイツ語科、フランス語科、スペイン語科、中国語科、ロシア語科、アラビア語科、イタリア語科、タイ語科、イラン語科、トルコ語科、安南語科、ラテン語科、巴利語科、日本語科、梵語科、マレー語科、オランダ語科、蒙古語科、ヒンドスタニー語科、ギリシャ語科開講

  • 1943年(昭和18年) ジャバ語科、ビルマ語科、マジール語科、チベット語科、タミール語科開講
  • 1944年(昭和19年) タミール語、タイ語科、イラン語科、トルコ語科、安南語科、ラテン語科、巴利語科、日本語科、マジール語科閉講
  • 1945年(昭和20年) 三田キャンパス戦災

アラビア語科、イタリア語科、梵語科、ジャバ語科、マレー語科、オランダ語科、蒙古語科、ヒンドスタニー語科、ビルマ語科閉講

  • 1946年(昭和21年) ヘブライ語科開講
  • 1950年(昭和25年) 商業英語科開講、ギリシャ語科閉講
  • 1951年(昭和26年) インドネシア語科開講、チベット語科閉講
  • 1954年(昭和29年) ヘブライ語科閉講
  • 1960年(昭和35年) 英会話科開講
  • 1965年(昭和40年) アラビア語科再開講
  • 1968年(昭和43年) イタリア語科再開講
  • 1970年(昭和45年) ベトナム語科開講
  • 1973年(昭和48年) 朝鮮語科開講
  • 1982年(昭和57年) ベトナム語科閉講
  • 1983年(昭和58年) 創立40周年記念誌 Keio Foreign Language School 1942-1982 を刊行
  • 1989年平成元年) タイ語科、ベトナム語科再開講
  • 1992年(平成4年)  創立50周年記念講演会開催
  • 1997年(平成9年)  商業英語科をビジネス・イングリッシュに改定
  • 2002年(平成14年) 三田特別講座開講
  • 2004年(平成16年) 日吉特別講座開講(英語、ドイツ語、フランス語、中国語、ロシア語)
  • 2007年(平成19年) 日吉特別講座 中国語、ロシア語 休講
  • 2011年(平成23年) 三田新制度講座開講
  • 2013年(平成25年) 8月7日 慶應義塾外国語学校廃止 (慶應義塾大学外国語教育センターの公開講座に引き継がれた。)

開講講座[編集]

慶應義塾外国語学校を引き継いだ慶應義塾大学外国語教育センターの公開講座[3]

  • 英語、英会話、ビジネス・イングリッシュ
  • ドイツ語
  • フランス語
  • スペイン語
  • 中国語
  • ロシア語
  • イタリア語
  • インドネシア語
  • アラビア語
  • 朝鮮語
  • ヴェトナム語
  • タイ語
  • ポルトガル語

歴代校長[編集]

主な出身者[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 立ち読み新 慶應義塾豆百科 第7回 多田重文著『三田評論』2016年7月号。
  2. ^ 東京都生活文化局内の「東京都私立学校審議会」では、2015年5月21日開催の平成27年度第2回(第742回)のもので、慶應義塾外国語学校の「学校廃止」について「認可を適当と認め」ている[1](2017年9月11日確認)
  3. ^ 慶應外語(慶應義塾大学外国語教育センター 公開講座)

参考文献[編集]

  • 多田重文著「慶應義塾外国語学校」『三田評論』2016年7月号

座標: 北緯35度38分57.3秒 東経139度44分34.2秒 / 北緯35.649250度 東経139.742833度 / 35.649250; 139.742833