戸村よしを

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戸村よしを(とむらよしお、1884年7月16日1971年4月18日)は、日本の看護婦福井赤十字病院看護婦監督。第11回フローレンス・ナイチンゲール記章受章。

略歴[編集]

1884年7月16日福井県福井市清川上町5番地 (現・松本1丁目) に、士族の娘として生まれ、厳格な家庭に育った。遠州流茶道生け花を教え、宝生流もたしなんだ。

  • 1904年、家族の反対を押し切って、県立福井病院看護婦養成所に入学。翌1905年に同病院看護学課程を修了。県立福井病院の看護婦となる。
  • 1907年、日本赤十字社福井市支部救護員養成所に入学。1909年、日本赤十字社病院へ派遣される。
  • 1910年、日本赤十字社救護員養成所を卒業。県立福井病院救護看護婦となる。
  • 1911年、日本赤十字社福井支部救護員養成所の救護取締に就任。
  • 1912年、選抜されて日本赤十字社救護看護婦長候補生となる。翌年10月に卒業。
  • 1913年、日本赤十字社福井市支部救護看護婦長になる。福井県第一号の助産婦免許を取得。
  • 1923年関東大震災で臨時救護班員として勤務。人命救助に尽力。
  • 1925年、日本赤十字社福井支部病院が開院し、初代看護婦長に就任。
  • 1937年、日本赤十字社第58班救護班員として、病院船「おれごん丸」に勤務。広島県宇品上海との間を往復する。この病院船での奉仕活動で、後に勲八等瑞宝章を送られた。
  • 1943年福井赤十字病院の初代看護婦監督に就任。
  • 1945年福井空襲での戦災救護に尽力。
  • 1948年福井震災後の人命救助で活躍。
  • 1949年、65歳で退職。
  • 1950年、第11回フローレンス・ナイチンゲール記章を受章。日本政府からは黄綬褒章と勲五等瑞宝章を送られた。
  • 1971年4月18日、死去。享年87。

参考文献[編集]

  • 「20世紀ふくい群像 (25) - 戸村よしを - 生涯貫いた看護婦魂」『福井新聞』1999年4月15日付朝刊第22面
  • 田中光子『ふくい女性史 - 近代福井の光と陰に生きる』(1978) フェニックス出版