戸田保忠

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索
戸田保忠

戸田 保忠(とだ やすただ、1887年明治20年)9月10日[1]1938年昭和13年)12月18日[2])は、農商務官僚農林官僚。

経歴[編集]

茨城県出身。第一高等学校を経て、1912年(明治45年)に東京帝国大学法科大学独法科を卒業し、高等文官試験に合格した[1]島根県属試補、島根県理事官、農務局事務官・臨時米穀管理局事務官、農商務書記官参事官、同副業課長、農務課長、大臣官房会計課長、畜産局長、水産局長、農務局長を歴任した[1][3]1937年(昭和12年)、農林次官に就任した。

退官後は日本勧業銀行参与理事[4]、漁業組合連合会会長[5]を務めた。

脚注[編集]

  1. ^ a b c 大衆人事録 1930.
  2. ^ 戦前期官僚制研究会編『戦前期日本官僚制の制度・組織・人事』東京大学出版会、1981年、159頁。
  3. ^ 人事興信録 1937.
  4. ^ 『昭和十五年度版 日本人名選』、大阪毎日新聞社、1939年。
  5. ^ 『昭和十五年 朝日年鑑』、朝日新聞社、1939年。

参考文献[編集]

  • 帝国秘密探偵社編 『大衆人事録 第3版』 帝国秘密探偵社、1930年
  • 人事興信所編 『人事興信録 第11版(下)』 人事興信所、1937年