扶余語族

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扶余諸語
話される地域朝鮮半島, 満州南部
言語系統朝鮮語族
  • 扶余諸語
下位言語
Glottolog(未評価)
History of Korea-001.png
2世紀、東夷諸国。Yilou=挹婁、Buyeo=扶余、Dongbuyeo=東扶余、Goguryeo=高句麗、Dongokjeo=東沃沮、Xianbei=鮮卑、Han=後漢.

扶余諸語(ふよしょご、朝鮮語:부여(Buyeo)、中国語:扶余(Fúyú))とは、古代満州から朝鮮半島にかけて話された夫余語高句麗語濊貊語沃沮語百済語(支配層)などの諸言語の総称。古代中国の資料から、これらの言語は同系統と想定されている[1]

概要[編集]

中国の古代の歴史書である『三国志』などには、満州南部から朝鮮半島北部にかけて居住していた諸民族が近しい関係にあったとする記述がある。即ち『三国志』「高句麗伝」は高句麗が扶余(夫余)の別種であると記し、「濊伝」には高句麗と濊の言語・習慣が概ね同じであったと記されている。また東沃沮伝にも高句麗と東沃沮の言語が概ね同じであるという記述がある[2]。この中国の記録から、夫余・高句麗・濊・東沃沮の言語を一つのグループとしてまとめることが可能となる[3]

重要な点は「挹婁伝」には挹婁と扶余・高句麗の言語が異なると記されていることである。挹婁は粛慎の後裔であるとされており、後の靺鞨に繋がると史書上は記される[3]。故に、後世の満州における言語分布を元に、靺鞨の言語をツングース語と想定するのであれば、高句麗や扶余のような古代の満州南部・朝鮮半島北部の言語はツングース語とは異なる独自の言語グループを形成していたと想定することが可能となる[3]。また、より南の朝鮮半島南部の言語(韓系諸語)と高句麗以北の言語の関係についての言及は中国の史書にはない[3]。こうして想定されたのが、ツングース語とも韓系諸語とも異なる扶余語族、扶余系諸語などと呼ばれる言語グループである[3]。また韓国の言語学者李基文朝鮮語版は、『周書』に百済では王が「於羅瑕」と号しており、民衆は王を「鞬吉支」と呼んでいた、という記述があることと、『梁書』に高句麗と百済の言語がほぼ同じである、という記述があること、一方で言語学的な分析において百済語の単語が新羅語と概ね一致することなどから、百済では支配層が扶余系言語を、民衆が韓系言語を話していたと想定した[4]。この想定を取れば、扶余系言語には更に百済の支配層の言語が含まれることになる。

ただし、これらの想定の前提となる夫余・高句麗・濊・東沃沮の言語は、高句麗語の極僅かな単語の朧げな形以外の情報が残されておらず[3]、またこれをツングース語と異なる独自の語族とする根拠の一つである挹婁・靺鞨の言語に至っては漢字表記された人名以外の情報は皆無である[3]。故にこの仮説は中国史料の言語類似に関する情報にほとんど完全に依存している。しかし、この中国史料の情報の信憑性については古くから疑問も呈されている。三上次男金芳漢は高句麗と濊の言語が同種であるという情報の信憑性に疑義を唱えており、後者は沃沮の言語についての情報についても正確なものとして受け入れるのは問題があるとする[5]。従って現在でも扶余語族の存在は仮説段階に留っている。

系統[編集]

扶余の言語については、記録が少なく、いくつかの仮説が唱えられている。

「日本・高句麗語族」(日琉語族)仮説[編集]

朝鮮半島の国家、百済は高句麗と連なる扶余の王族によって建てられたとする伝説がある。 百済は後に、大和時代の日本と密接な関係を持つようになり、クリストファー・I.ベックウィズ英語版は、この時点の日本語には、まだ扶余との関連性が認められると指摘する。 ベックウィズは、古代の地名から140の高句麗語の単語を再構築した [6] 。この中には、属格-の」や形容詞連体形-し」のように、日本語と機能が類似し同一起源と見なせる文法的形態素が多く含まれる。 しかしこの研究は、言語学的・歴史学的観点から批判がある[7][8]

「扶余・新羅語族」(朝鮮語族)仮説[編集]

ボビンアンガーなどの研究者は、高句麗語ならびに扶余諸語を古代朝鮮語の一部に分類する[9][10][11]。 彼らは、地名研究によって抽出された日本語に類似する単語が朝鮮半島中部に特に多いことを指摘し、これらの地名が高句麗語を反映したものではなく、朝鮮半島中部および南部における先高句麗の集団を反映したものであるとの仮説を唱えた。 朝鮮半島南部の新羅の歴史的故地に日本語に類似する地名が多く見られることについて[12]、 研究者たちは日本語系の言語が朝鮮半島、恐らくは、その内の伽耶において話され、新羅語基層言語となっている、との理論を提案した。 アンガーは、弥生人の祖先は朝鮮半島中部ないしは南部から日本列島へ移住したのではないかと考えている。 扶余、高句麗の歴史的故地である朝鮮半島北部および満州南西部においては、日本語に起源を持つ痕跡は見つかっていない。 一方で、朝鮮語系の地名は、満州から朝鮮半島南部までの朝鮮三国全域に広がっている。

従来より提唱されてきた諸説[編集]

  • ツングース語系説…日本では、古くは粛慎系の靺鞨勿吉とともに夫余もツングース系であるとされており[13]、日本では第二次世界大戦前には多数を占める説であった。
  • モンゴル語系説…北夫余の故地に在った豆莫婁の言語は、東胡系とする室韋庫莫奚契丹と同じであることが『魏書』に記されており、『新唐書』にある北夫余の末裔を自称した達末婁が同じ国であるため、言語的にも末裔であればこれらの言語系統はモンゴル系になる。しかし支配層と民衆の言語が異なる可能性もある。
  • ツングース+モンゴル語系説…比較言語学的研究により、濊貊系(濊系、扶余系)の語彙[14]の多くがツングース系の語彙と共通し、かつモンゴル系の語彙も含むことから、夫余・高句麗語はツングース系をベースとしたモンゴル系との混成語であるとする説[15]。これに対し、粛慎系の言語はモンゴル系などが混じっていない「純ツングース系」とされる。
  • 日本語系説…比較言語学的研究により、『三国史記』所載の高句麗地名から抽出した高句麗語語彙が、ツングース系語彙よりも日本語や中期朝鮮語語彙に多く共通するとして、アルタイ祖語は夫余・日本・朝鮮・韓共通語とテュルク・モンゴル・ツングース共通語の二つに分離し、前者が原始韓語と原始夫余語とに分かれ、ついで原始夫余語が高句麗語と原始日本語とに分かれたとする説[16]。しかし、村山七郎清瀬義三郎則府は、高句麗語と朝鮮語は遠いことを示すと共に、日本語と近縁の言語とし[17]、そもそも高句麗語の存在や不正確さも指摘している[18]
  • 古シベリア(古アジア)系説…中国史書の記述(上記)から粛慎系の言語系統と濊系の言語系統が異なると判断し、粛慎系をツングース系と仮定すれば、濊系は古アジア系となる説[19]。ただし古アジア系言語は同系でない諸語族の寄せ集めであるため、それらのどこに属すかの議論が必要である。

下位言語[編集]

関連する言語[編集]

扶余語族と他語族の語彙対応比較表[編集]

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 金芳漢『韓国語の系統』村山七郎監修、大林直樹訳、三一書房、1985年11月。ISBN 978-4-380-85231-2。
  • 李基文『韓国語の歴史』村山七郎監修、藤本幸夫訳、平凡社、1975年6月。ASIN B000J94PIA
  • 2006. "Methodological Observations on Some Recent Studies of the Early Ethnolinguistic History of Korea and Vicinity." Altai Hakpo 2006, 16: 199-234.
  • Alexander Vovin, 2005. "Koguryǒ and Paekche: Different Languages or Dialects of Old Korean?" Journal of Inner and East Asian Studies, 2005, Vol. 2-2: 108-140.
  • Blažek, Václav. 2006. "Current progress in Altaic etymology." Linguistica Online, 30 January 2006
  • Hong, Wontack (2005). “Tripolar Interaction: Mongolian Steppe, Manchuria and Mainland China The Tripolar Framework of Analysis”. East Asian History: A Korean Perspective 1 (4). http://www.upkorea.net/news/photo/5017-2-4633.pdf. 

脚注[編集]

  1. ^ Lee, Ki-Moon; Ramsey, S. Robert (2011), A History of the Korean Language, Cambridge University Press, ISBN 978-1-139-49448-9.
  2. ^ 金 1985, pp. 95-96
  3. ^ a b c d e f g 李 1975, pp. 39-41
  4. ^ 李 1975, pp. 46-48
  5. ^ 金 1985, pp. 97-98
  6. ^ Christopher Beckwith, 2004. Koguryo, the language of Japan's continental relatives
  7. ^ Pellard, Thomas (2005), “Koguryo, the Language of Japan's Continental Relatives: An Introduction to the Historical-Comparative Study of the Japanese-Koguryoic Languages with a Preliminary Description of Archaic Northeastern Middle Chinese By Christopher I. Beckwith”, Korean Studies 29: 167–170, doi:10.1353/ks.2006.0008.
  8. ^ Byington, Mark E. (2006), “Christopher I. Beckwith, Koguryo – the Language of Japan's Continental Relatives (Leiden: Brill, 2004)”, Acta Koreana 9 (1): 141–166.
  9. ^ Vovin, Alexsander (2013), "From Koguryo to Tamna: Slowly riding to the South with speakers of Proto-Korean", Korean Linguistics, 15 (2): 222–240, doi:10.1075/kl.15.2.03vov.
  10. ^ Unger, J. Marshall (2009), The role of contact in the origins of the Japanese and Korean languages, Honolulu: University of Hawaii Press, ISBN 978-0-8248-3279-7.
  11. ^ Kim, Nam-Kil (2009), "Korean", in Comrie, Bernard (ed.), The World's Major Languages (2nd ed.), London: Routledge, pp. 765–779, ISBN 978-0-415-35339-7.
  12. ^ Blažek 2006, p. 6.
  13. ^
    • シロコゴロフ、川久保悌郎・田中克巳訳『シロコゴロフ 北方ツングースの社會構成』(1942年、岩波書店)p285-p287「鳥居龍蔵氏は彼らを北朝鮮の強国、夫余及び高句麗の建設者と見做し、彼等をツングースであろうと考えている。」
    • 白鳥庫吉『白鳥庫吉全集 第4巻』(1970年、岩波書店)P536「『濊貊は果たして何民族と見做すべきか』濊貊の言語には多量のTunguse語に少量の蒙古語を混入していることが認められる。想うにこの民族は今日のSolon人の如く、Tunguse種を骨子とし、之に蒙古種を加味した雑種であろう。」
    • 井上秀雄、他訳注『東アジア民族史1-正史東夷伝』(1974年、平凡社)p103「(高句麗、夫余の)両族は、ともにツングース系と考えられている。両族が同系であることは始祖神話(東明・朱蒙伝説)の類同によっても推測できよう。」
    • 加藤九祚『北東アジア民族学史の研究』(1986年、恒文社)p156「高句麗は北扶余から発したというが、その北扶余がツングース・満州語族に属することは定説となっている」
    • 三上次男神田信夫編『民族の世界史3 東北アジアの民族と歴史』(1989年、山川出版社)p161「Ⅱ(夫余、高句麗、濊、東沃沮)の言語はツングース・満州語の一派か、またはそれに近い言語と思われるが、むしろ朝鮮語と近い親縁関係にあるか、詳しく調べてみなければわからない。」
    • 鳥越憲三郎『古代朝鮮と倭族』(1992年、中央公論社)「高句麗は紀元前1世紀末、ツングース系の濊族によって建国」
    • 浜田耕策『日本大百科全書』「【濊貊】前3世紀ごろモンゴル系民族に押し出されて朝鮮半島北東部に南下し、夫余、高句麗、沃沮を構成したツングース系の諸族を含むのである」
    • 村山正雄『日本大百科全書』「【夫余】古代中国の東北地方に割拠していたツングース系と思われる民族が建てた国名」
    • 佐々木史郎『日本大百科全書』「【満洲族】夫余と靺鞨はツングース系の民族ではないかと考えられている」
    • 護雅夫『日本大百科全書』「【騎馬民族】高句麗は東北アジア、満州にいたツングース系民族」
    • 諏訪春雄「朝鮮で高句麗や百済を建国した夫余族はツングース系の遊牧民族(学習院大学教授 諏訪春雄通信)」
    • 黄文雄『韓国は日本人がつくった』(2002年、徳間書店)「遼東や北満の地は、かつて高句麗人、渤海人などの(中略)ツングース系諸民族が活躍した地である」
    • 広辞苑「【高句麗】紀元前後、ツングース族の扶余の朱蒙の建国という」
    • 大辞泉「【高句麗】紀元前後にツングース系の扶余族の朱蒙が建国」
    • 南出喜久治「私の見解では、高句麗は、建国の始祖である朱蒙がツングース系(満州族)であり、韓民族を被支配者とした満州族による征服王朝であつて、韓民族の民族国家ではないと考へている。(いはゆる「保守論壇」に問ふ ‹其の五›日韓の宿痾と本能論)」
    • 長野正孝『古代史の謎は鉄で解ける』(2015年、PHP研究所)「高句麗はツングース系の騎馬民族がつくった国家で、定住化によって遊牧から次第に離れたが、騎馬による戦力は絶大なものがあった。」
    • 宮家邦彦『哀しき半島国家韓国の結末』(2014年、PHP研究所)p160「高句麗は紀元前三七年、マンジュ地方の鴨緑江付近で興ったツングース系国家であり、四世紀中ごろに南下して、楽浪郡北部を征服した。」
    • 豊田隆雄『本当は怖ろしい韓国の歴史』(2016年、彩図社)p9「高句麗は、韓族で構成される新羅や百済と違って北方のツングース系の国家」
    • 薗田香融『日本古代の貴族と地方豪族』(1992年、塙書房)、p259「今の北朝鮮に当る部分にはツングース系の高句麗」
    • 埴原和郎『日本人と日本文化の形成』(1993年、朝倉書店)p211「歴史時代に興亡した扶余も、靺鞨も、高句麗や渤海も、濊や沃沮などもツングース系だといわれている。」
    • 酒井忠夫『世界史研究』(1953年、績文堂)p128「高句麗(北満の半農半牧のツングース族が漢代以後中国文化の影響により興り建国)」
    • 渡部昇一『ことばの発見』(1975年、中央公論社)p87「東洋史の上で遼とか金とか高句麗とか渤海とか清とか言うのもツングースである。」
    • 三上次男『古代東北アジア史研究』(1966年、吉川弘文館)p87「広く東北アジアに居住する諸族を当昔にわたって見わたすと、東部シベリアから、東満洲、北朝鮮の山岳森林地帯には、古の貊や高句麗、中世以後の女真、満洲など、いわゆるツングース系の語族が変らない大勢力を擁していたことがわかる。」
    • 青木慶一『民衆と戦争』(1978年、東明社)p40「オロッコ-ツングースなどから成る高句麗が次第に南進して百済を圧迫するに至った。」
    • 成瀬治『世界史の意識と理論』(1997年、岩波書店)p116「すなわち、五胡が中国の華北に侵入し、騎馬民族の高句麗が朝鮮に勢力を拡大したころ、高句麗と同じツングース系の騎馬民族」
    • 沖浦和光『辺界の輝き』(2002年、岩波書店)p32「ツングース族などの騎馬民族系は、南下してきて朝鮮の北部に高句麗を建国します。話が長くなるので略しますが、それから百済王朝を攻め滅ぼします。」
    • 白崎昭一郎『広開土王碑文の研究』(1993年、古川弘文館)p49「『言語法俗大抵与句麗同』というから、高句麗と同系で、恐らくツングース系の民族であったろう。」
    • 水野祐『古代の出雲』(1972年、吉川弘文館)p300「朝鮮半島へ南下した大陸系北方民族が、高句麗にしても、扶余にしても、濊にしても、いずれもみな満州に原住したツングース系統と考えられている。」
    • 小島直記『松永安左ェ門の生涯』(1980年、松永安左ェ門伝刊行会)p1073「朝鮮には、西暦紀元頃、ツングース系の高句鹿と、そして漢民族の移民とが住んでいたという。」
    • 佐々木高明『地域と農耕と文化』(1998年、大明堂)p317「高句麗や渤海も、濊や沃沮などもツングース系の民族だといわれている。」
    • 室谷克実『日韓がタブーにする半島の歴史』(2010年、新潮社)p193「(中国の史書には)高句麗などのツングース系民族と韓族との間には、比較の記述がない。(民族が)違うことが大前提であり、わざわざ違うとは書いていない」
  14. ^ 中国史書にわずかに見える漢文語彙。
  15. ^ 白鳥庫吉「濊貊は果たして何民族と見做すべきか」(『白鳥庫吉全集 第4巻』1970年、岩波書店)「濊貊の言語には多量のTunguse語に少量の蒙古語を混入していることが認められる。想うにこの民族は今日のSolon人の如く、Tunguse種を骨子とし、之に蒙古種を加味した雑種であろう。」
  16. ^ 三上次男・神田信夫編『民族の世界史3 東北アジアの民族と歴史』(1989年、山川出版社)p169「彼(李基文)によると、アルタイ諸語と朝鮮語の間に動名詞語尾と若干の曲用語尾について一致が見られるという。また、語彙の比較においては、かなりの一致が朝鮮語とアルタイ諸語に共通して見出され、そのうち、朝鮮語とツングース諸語の間に語彙の一致がもっとも多く、ついでモンゴル諸語との間にも興味深い一致が見出され、チュルク語との間には一致するものが非常に少ないという。(中略)こうした状況のなかで、李基文は『三国史記』所載の高句麗地名からかなりの語彙を抽出し「高句麗語」としてとらえ、朝鮮語、日本語、ツングース語との比較を試みた(1966年)。そして、高句麗語が、朝鮮語(新羅、中世語)と著しい語彙の一致をみせ、日本語とも多くの共通語をもち、ツングース語とも若干の一致例をみせるとし、アルタイ祖語が原始夫餘・原始韓共通語とテュルク、モンゴル、ツングース共通語の二つに分離し、前者が原始韓語と原始夫餘語とに分かれ、ついで原始夫餘語が高句麗語と原始日本語とに分かれたとして、高句麗語は日本語と朝鮮語との親縁関係をつなぐミッシング・リングの位置を占めると主張した。《梅田博之》《李基文「韓国語形成史」(『韓国文化史大系Ⅴ.言語・文化史』)ソウル1967 p21-122、李基文「高句麗の言語とその特徴」(『白山学報』4号)1968(中村完訳、『韓』第10号 東京韓国研究院 1972;池田次郎・大野晋編『論集 日本文化の起源5 日本人種論・言語学』平凡社 1973 p594-627)》」
  17. ^ 清瀬義三郎則府『日本語学とアルタイ語学』(明治書院、1991年)
  18. ^ 金東昭(訳:栗田英二)『韓国語変遷史』(明石書店、2003年)、金芳漢『韓国語の系統』(三一書房、1985年)
  19. ^ 朱国忱・魏国忠(訳:佐伯有清・浜田耕策)『渤海史』(1996年、東方書店)
  20. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba bb bc bd be bf bg bh bi bj bk bl bm bn bo bp bq br bs bt bu bv bw bx by bz ca cb cc cd ce cf cg ch ci cj ck cl cm cn co cp cq cr cs ct 板橋義三,アレクサンダー・ヴォヴィン,長田俊樹(2003)日本語系統論の現在
  21. ^ Lee, Ki moon (1968, 1969)
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