技術院

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

技術院(ぎじゅついん)は、1942年1月31日に設置され[1]、1945年9月4日に廃止された[2]内閣直属の日本の機関。「科学技術に関する国家総力を綜合発揮せしめ科学技術の刷新向上、就中航空に関する科学技術の躍進を図る」ことを目的として設置された[1]

組織[編集]

  • 総裁(親任)
  • 次長一人(勅任)
  • 秘書官専任一人(奏任)
  • 参技官専任五十人(教師、事務官も参加)(奏任、内六人を勅任と為すことを得)
  • 理事官専任一人(奏任)
  • 参技官補専任六十六名(判任)
  • 属専任六人(判任)

組織については[1]を参照。

総裁[編集]

[3]

  • 井上匡四郎 1942年(昭和17年)1月31日 - 1944年(昭和19年)12月5日
  • 八木秀次 1944年(昭和19年)12月5日 - 1945年(昭和20年)5月22日
  • 多田礼吉 1945年(昭和20年)5月22日 - 9月4日

出典[編集]

  1. ^ a b c 「新聞記事文庫 技術問題(2-034) 中外商業新報 1942.1.31(昭和17)」(神戸大学 電子図書館システム)
  2. ^ 「技術院官制廃止ノ件」(昭和二十年・勅令第五一一号、国立公文書館 デジタルアーカイブ)
  3. ^ 戦時末期における文部省の戦時科学政策)(researchmap)

関連項目[編集]