投石

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
検索に移動

投石(とうせき)とは、投げること。投石機スリング等の指摘がない限り、ヒトが人力で投げることを指す。その用途は、直接的な攻撃(狩猟・対人)から挑発・脅し、警告(威嚇)、遊び、悪戯に至るまで多様である(後述)。

概要[編集]

ヒトはもっとも上手に物を投げられる動物である[1]原人から新人にいたるまで、投石はもっとも基本的な狩猟の攻撃方法だった。なぜなら動物を倒すには遠距離から一方的に攻撃する方が安全だからである。弓矢を発明するまで、ヒト科はもっぱら投擲によって戦っていたと考えられている。チンパンジーゴリラも糞や木を投げる行為は見られる。

人間対人間の闘いでも、投石は重要かつ効果的な戦術であった。現代のように舗装されていない土地が多く、武器となる石を見つけるのは容易であった。弓矢に比べて風の影響を受けにくく、鎧ごしに打撃を与えやすいと言う特徴がある。『旧約聖書』に登場するペリシテ巨人兵士ゴリアテは小柄なダビデの投石で打ち倒されるなど、古代から体格の不利を補う威力をもつと知られていた。

投石の特徴として、投石のみで相手に致命傷を与えるのではなく、ダメージを与えてさらに攻撃を加える、または逃げることができる点がある。特に顔面や目への投石は効果が高い。現代においては防犯用のカラーボール、喧嘩や護身術として相手に多数の硬貨やパチンコ玉、砂を投げつける行為(投擲)も、広義の投石と言える。

現代で投石を行うのは武器を規制されている暴徒などである。または、国によっては子供の悪戯の手段としてもしばしば行われており、フィリピンウルグアイでは鉄道車両の窓の外側に投石による被害を防止することを目的とした金網やアクリル板[2]が張られていることがある。列車に対する投石に関しては、戦後しばらくの日本においても盛んに行われており、1949年7月5日付けの参議院議事録には、運輸省鉄道監督局長の報告として、「投石と発砲による事件が134件で、鉄道事件の過半数である」としたものがある(原田実 『捏造の日本史』 河出書房新社 2020年 pp.218 - 219)。

国境紛争が拡大・悪化しないための暗黙の手段として国境沿い兵士が投石を行うことがあり、中印国境地帯2020年5月に起きた摩擦でも投石が行われた(朝日新聞 2020年7月7日(火曜)付、国際版・5頁。約300人による投石・素手による乱闘の末、インド人将校が投石により死亡)。本格的な戦闘に発展させないための手段となっている面がある一方、挑発につながっている。

純然たる遊びとしては、などの水面に向かって投げる水切りが挙げられる。水面で石が飛び跳ねる回数を競う。

戦国時代の投石[編集]

戦国時代には、元亀3年(1573年)の甲斐武田氏西上作戦に伴う三河徳川氏との三方ヶ原の戦いにおいて、武田方の武将小山田信茂が投石隊を率いたとする逸話が知られる。

信長公記』や『三河物語』に拠れば、武田氏は「水役之者」と呼ばれる投石隊を率いたと記されているが、これは近世期の軍記物や近代の戦史史料において誤読され、信茂が投石隊を率いたとする俗説が成立したものと考えられている[3]

その他[編集]

  • 雪国=豪雪地帯などではに包んで偽装する手段が可能となる。落ちた石に関しては、そのまま雪に埋もれる。
  • 火矢のように燃やすことはできないが、熱した石を投げることは耐熱手袋などを使用することにより可能である。火矢以外にも矢の場合、毒矢など、状況に応じて戦術は変えられるが、石の場合、応用はそこまでない。
  • 五月危機の際、暴徒は石畳を剥がし、そのまま投石に利用した。
  • 70年安保では、全国で押収された投石は241トンに達した(詳細は、「安保闘争#70年安保」を参照)。
  • アルベルト・アインシュタインは、第三次世界大戦後の第四次世界大戦は石と棍棒による戦いになると発言し、核戦争による文明崩壊を警告した(アルベルト・アインシュタイン#人物像「発言・語録」を参照)。
  • 攻撃以外の利用としては、大声を上げられない状況下で、遠くの相手を起こす、意志伝達の手段として用いられる。または、相手の意識を別の方向に誘導する際や陰地に隠れている伏兵がいそうな場所に投げる(意識誘導の例としては、遁術内の水遁の術、伏兵が隠れている場に投石する記述は、上泉信綱伝『訓閲集』に見られる)。

脚注[編集]

  1. ^ アルフレッド・W・クロスビー 『飛び道具の人類史―火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで』
  2. ^ 同時に線路際の雑草や木の枝が窓に当たらないようにする役目も併せ持つ。
  3. ^ 丸島(2013)pp.210-211

参考文献[編集]

  • 丸島和洋 『中世武士選書19 郡内小山田氏 武田二十四将の系譜』 戎光祥出版、2013年

関連項目[編集]