撹上宏光

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
撹上 宏光
かくあげ ひろみつ
Portal:陸上競技
選手情報
フルネーム 撹上 宏光
国籍 日本の旗 日本
種目 長距離走
所属 コニカミノルタ(社業に専念)
大学 駒澤大学
生年月日 (1990-09-14) 1990年9月14日(28歳)
生誕地 福島県の旗福島県いわき市
身長 170cm
体重 48kg
自己ベスト
5000m 13分32秒22 (2013年)
10000m 28分03秒27 (2011年)
ハーフマラソン 1時間01分56秒 (2012年)
編集 テンプレートのヘルプを表示する

撹上 宏光(かくあげ ひろみつ、1990年9月14日 - )は、元日本陸上競技選手。福島県いわき市出身。いわき総合高校駒澤大学卒業。コニカミノルタ所属。専門は、長距離種目。身長170cm 体重48kg[1]

来歴・人物[編集]

東洋大学出身で「山の神(山の神童)」と呼ばれ、2012年から富士通に所属している柏原竜二いわき総合高校の先輩にあたる。

中学時代はバスケットボール部に所属しており、陸上を本格的に始めたのは高校時代から。当時は柏原と同じく全国高校駅伝出場経験がなく無名だった。

高校卒業後は駅伝の強豪で、東京箱根間往復大学駅伝競走では「平成の王者」と言われている駒澤大学に進学。大学1年生から駅伝のメンバー入りをした。 2009年11月1日に開催された、第41回全日本大学駅伝対校選手権大会(以下全日本大学駅伝)は、5区にエントリーされ、13位で襷をもらうと序盤から自分のペースを維持し、順位を2つ上げて11位で襷を渡し、35分14秒と区間4位とチームの悪い流れを断ち切る走りをする。しかし、最終的にチームは7位でフィニッシュしシード権を失った。 2010年1月2日、3日に開催された、第86回東京箱根間往復大学駅伝競走は復路7区にエントリーされ、1年生にして初の箱根出場。6区区間賞の好走をした千葉健太から6位で襷を貰うと、順位を2つ上げ総合4位(復路1位)で襷を渡し、1時間05分48秒と区間4位の力走を見せた。チームはそのまま復路優勝を果たし、総合2位となった。

大学2年生になるとチームの主力として、駅伝に出場。 2010年10月に開催された、出雲全日本大学選抜駅伝競走(以下出雲駅伝)は1区を走り、23分41秒とトップと30秒以上差をつけられ区間8位。チームは総合3位で終わり、ギリギリのラインでシード権を獲得した。 2011年11月に開催された、全日本大学駅伝は出雲と同じく1区を走り、43分14秒とまたもトップと30秒以上差をつけられ区間5位。しかし最終的にチームは総合2位でフィニッシュし、2年ぶりにシード権を奪還した。 2011年1月2日、3日に開催された、第87回東京箱根間往復大学駅伝競走は、各校のエースが集う花の2区を担当し、3位で襷を貰ったが序盤からペースが乱れ、順位を7つ落とし、1時間08分36秒と区間10位。チームは総合3位でフィニッシュし3年連続で総合優勝を逃した。なお、この箱根駅伝出場により、2011年度の大学三大駅伝フル出場となった。

大学3年時には2011年夏季ユニバーシアードハーフマラソン日本代表として出場。個人としては4位入賞し、団体戦では金メダルを獲得した[2]。2011年7月にはホクレンディスタンスチャレンジ深川大会10000mに出場し、駒澤大学の1学年後輩油布郁人と共に、従来の駒澤大学記録を上回り27分台に迫る好走を見せた。(記録:28分03秒27)[3] 同年10月に開催された出雲駅伝は3区を走り、8位で襷を貰うと序盤からハイペースで突っ込むが、23分38秒と区間6位。チームは2位でフィニッシュし、撹上自身の三大駅伝初優勝はお預けとなった。 2011年11月に開催された全日本大学駅伝は2年連続で1区を走り、43分42秒と区間3位とトップと4秒差で襷を渡す力走。チームは2区・村山謙太がトップに立つと、そのままフィニッシュし3年ぶり9回目の優勝を果たしたし、撹上は初めての三大駅伝優勝を経験した。 2012年1月2日、3日に開催された、第88回東京箱根間往復大学駅伝競走は、全日本に続き1区を走り、1時間02分27秒と区間3位でチームに良い流れを作ったが、往路4位でフィニッシュ。復路も9区で2位まで順位を上げたが、トップ東洋大学に追いつくことはできず総合2位に終わり、箱根駅伝では3年連続東洋大学に次ぐ順位でゴールすることとなった。撹上自身は、2年連続大学三大駅伝フル出場した。

大学4年生時は、駅伝主将になり目標に「打倒東洋」を掲げた。 2012年10月に開催された出雲大学駅伝は、前年度の箱根駅伝に続き1区を走ったが、24分06秒とトップと37秒差をつけられ区間11位。チームは徐々に順位を上げたものの、最終的に5位でフィニッシュしシード権を失う。試合後に監督の大八木弘明から「1区 2区ですべてが終わったろ。まあ そんなもんよ、駅伝ていうのは。だから粘り強さがない。あまりにも悪すぎる、1区 2区 3区があれじゃ話にならない。」と叱責された。 2012年11月に開催された全日本大学駅伝は3年連続となる1区を走ったが、10km過ぎに東洋大学・田口雅也が飛び出すと、そのペースについて行けず、43分34秒で区間6位とトップから17秒差で襷を渡す。アンカー8区の窪田忍にタスキが渡った際には、トップの東洋大学との差は1分07秒にも広がっていたが、13km地点が窪田が東洋大学の服部勇馬を抜くと、そのまま差を広げていき、トップでゴールし全日本大学駅伝2連覇を果たした。撹上は窪田の激走を目にして涙を流し、今までずっと窪田ばかりに頼り過ぎて「ごめんな 本当に」と謝った。 2013年の第89回東京箱根間往復大学駅伝競走は体調不良のてため欠場し、最後の夢を仲間に託した。しかし駒澤大学往路9位とトップから約7分差でフィニッシュ。総合優勝を狙うには厳しいタイム差で往路を終えたが、翌日の復路は6区千葉健太が、山下りのスペシャリストとして順位を3つ押し上げ、区間賞を獲得する力走でトップとの差を1分半も縮めた。更に9区の上野渉が3人抜きの力走。区間賞も獲得し、駒澤を3位に押し上げた。アンカーの4年生、後藤田健介も区間賞の走りをし、撹上の同級生達が名門の意地を見せ、総合順位は3位だったものの復路優勝を果たした。

大学卒業後は、大学の先輩・宇賀地強が所属している、コニカミノルタに入社。

2017年4月3日、2016年度をもってコニカミノルタ陸上競技部を退部することが発表された。[1]

自己ベスト[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b [1]撹上宏光-コニカミノルタ陸上競技部 | コニカミノルタ
  2. ^ [2] 第26回ユニバーシアード競技大会(2011/深 圳) 日本選手団(陸上競技)結果
  3. ^ [3] 油布、撹上が27分台に迫る好走! - 駒大スポーツ|コマスポ