敷城郡

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敷城郡(ふじょう-ぐん)は北魏から隋初にかけて設置された郡。州制廃止にともない607年大業3年)に設置された敷城郡とは別の行政区画である。

北魏により設置され、582年開皇3年)に廃止された[1]。当時は敷城県洛川県定陽県の3県を管轄していた[2][3]が、隋代になると定陽県の所在地が不明となり敷城、洛川の2県を管轄するようになっている。

注釈[編集]

  1. ^ 『元和志』 後魏置敷城郡、隋開皇三年罷郡
  2. ^ 『北周志』 敷城郡領敷城、洛川、定陽三県
  3. ^ 『北周志』 無確証説明該県北周世尚存